めざめは異様な光景 3/4
微かに聴こえたテレビの音。
それはあの砂嵐の雨ではなく、何かの試合を観戦し盛り上がった観客の声だった。ゆっくりと目を開くと前には天井、目を左右に動かすと右側にはソファの背凭れと左側に知らない人間がテレビに夢中になっていた。
そうか、私はそこにいる人間に助けられたのだ。身体に掛けられたいかにも高級そうな毛布を剥ぎ、上半身を起こした。
……上半身を、起こした……。
……毛布を、剥ぎ……。
私にそんな柔軟な胴体があっただろうか。
私にそんな器用な前足があっただろうか。
恐る恐る異様に伸びた"前足"を視野に映す。自分の意思で動く細長い指、思うが侭に下半身に掛かった毛布を除けてみると立派な歩く足があった。もちろん、私の身体に繋がった自分の足だ。
「……ふぁぁぁぁああぁぁぁ!」
自分で言うのもアレだが、とても阿呆らしい奇声を上げた。あのテレビに夢中になっていた人間は私に振り返り、何食わぬ顔で「どうした?」と聞いてきた。どうしたもこうもない。何故私がこんな姿になっているんだ。
近付く人間から逃げようと地を這う蜘蛛のように、"前足"だった両手を地面に付けて走ってみるが、どうも走れない。けれど人間から距離を置きたい、そう思うと自然と上体が立ち上がり、ついには"後ろ足"……いや両足で走り回っていた。
そこはとても広い部屋だった。
あるのは今まで見たことも無いような綺麗なテレビとそれを取り囲む棚や引き出し。部屋の端にはベッドと本が無造作に積まれた机。そして私が眠っていたソファ。一通り走って確認できたのはそれぐらいだった。
「な、何もしないっ。だから逃げるな」
そんな命令口調で誰が止まるものか。得体の知れない物を目に装備して、まるであの人が面白がってみていたロボットアニメに出てくる悪者じゃないか。
そう、あの人が……笑って見ていた。
「おい。きゅ、急に止まるなーっ」
あの人と一緒に寝たあの淡い水色のベッド。
『私、空の色が好きなの。――も好きになってほしいなぁ』
横から押されて倒れこんだそのベッドに、あの人の匂いは無かった。
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