鬼いちゃんの恋愛事情



相互記念リクエスト


「おい名前、春奈の様子はどうだ?」

 かけられた言葉に名前は苦笑した。

「鬼道くん、それ昨日も聞いたよね?」
「昨日はよくても、今日は大丈夫だという保証はない」
「と言うか、ほぼ毎日聞いてくるよね。一昨日(おととい)も一昨々日(さきおととい)も、いや、もうずっと。もはや日課になりつつあるよ」
「……オレは常に春奈のそばにいてやれるわけじゃないからな。音無の家での春奈については、おまえから聞くのが一番だと思っている」

 鬼道の表情に少しだけ切ない色を認めて、名前はかすかに感じた戸惑いを溜息と共に吐き出した。
 こういった時の彼は苦手だ。彼の抱える事情を知ってしまってからは尚更そう感じるようになった。
 『春奈』とは鬼道と血の繋がった実の妹だ。孤児院で育った兄妹はその後、兄は『鬼道』の家に、妹は『音無』の家に引き取られることになった。そしてその『音無』の家に、春奈より先に引き取られていた養子が名前だった。つまり二人とも『音無』の血を引いてはいない。だが名前は紛れもなく春奈の義理の姉に当たるのだ。

 鬼道にとっては複雑な思いだろう。ずっと取り戻したかった春奈との関係、そこにいま納まっているのは自分ではなく名前なのだから。
 反面、彼女は春奈をとてもよく可愛がっているので、安心してもいるのだろう。それはこうして頻繁に春奈の様子を訊(たず)ねてくるところからも窺(うかが)い知れた。
 そういったことから、名前は鬼道にどこか負い目のようなものを感じていた。彼が名前にする話題はだいたいが春奈に関してのことだったので尚更だった。別段悪いことをしているわけではないが、どことなく申し訳なさを感じてしまうのだ。それは複雑な事情を抱えたこの兄妹に比べ、自分が何の不自由もない――と言うと語弊(ごへい)があるが、この兄妹と比べたらたいしたことはないと感じる――生活を送ってきているからなのだろう。養子とはいえ、『音無』は名前の遠縁に当たった。全くの他人というわけではないのだ。その上名前は、彼らの幸せの一部をこうして独占してしまっている。春奈を『鬼道』に引き取りたいと考えていた彼としては、今まさにその立場に納まっている名前は羨望の対象なのだろう。それは名前の負担となった。
 つまり名前は、こうして彼に声をかけられることが苦手だった。早く切り上げてしまいたい、その一心でどこかそっけない態度を取った。

「信用してくれてるのは嬉しいんだけどね。そういうのは私より、春奈本人から直接聞いたほうがいいんじゃないの?」
「馬鹿かきさまは。春奈のことだ、普通に聞いたところで、あいつはオレを気遣って無理をするに違いない。だからわざわざお前に聞いているのだろう」
「それはそうだけど……だからって、わざわざ毎日聞いてこなくてもいいよ。春奈になにかあったとして、鬼道くんに話さないわけがないもの」

 そう言うと、鬼道は黙り込んでしまった。何か気に障っただろうか、名前は内心で冷や汗をかいた。

「あ……あのね? だから、これからはわざわざ聞いてこなくてもいいよ。こう頻繁に訊ねてたら、鬼道くんも疲れちゃうでしょう? もし春奈に何かあったら絶対に鬼道くんに話す。約束するよ」
「い、いや! ちょっと待て、名前」
「な、なに?」

 踵(きびす)を返そうとした名前の腕を鬼道が掴んだ。無機質なゴーグルがこちらを見つめていて、どことなく恐怖を感じる。
 鬼道は少し言い淀(よど)んでから、言葉を選ぶように少しずつ話しだした。

「その、『鬼道』というのはやめないか?」
「え?」
「オレばかりが『名前』と呼ぶのは不公平だろう」
「それって、苗字じゃなくて名前で呼べってこと?」
「そうだ」
「……と言うか、そもそも鬼道くんはなんで私を名前で呼ぶの? 他の人は苗字で呼ぶのに……」
「馬鹿かお前は。お前の苗字は春奈と同じだろう。それではややこしい」
「ああ、なるほど」

 春奈が理由だと言われると妙に納得した。この男と関わる時はいつも春奈が絡んでいるというイメージが、名前の中で確立していた。

「それに、オレはお前が………………お、お前は春奈の姉だからな。オレにとっても家族のようなものだ」
「えっ!?」
「い、いや、お前がどう思っているかは知らないが、少なくともオレはそう思っている……」

 意外な言葉だった。嫌われてはいないまでも、てっきり快くは思っていないものだと決めつけていたが、そうでもないらしい。それは認められたような気がして、素直に嬉しかった。
 苦手だと勝手に感じていたのは、どうやら名前のほうだったらしい。それならこちらからも歩み寄ってみようか、そう思うと名前は自然と笑みを浮かべていた。

「ありがとう、……有人」

 告げたとたん、鬼道の体がぴしりと固まった。いや、よく見ると小刻みに震えている。彼のゴーグルがきらりと怪しく光った。それにまた恐怖を感じてしまう。
 やはり嫌われているのだろうか、名前は不安に思ってもう一度声をかける。

「有人……?」

 無機質なゴーグルに、上目遣いで控えめに様子を窺う名前の姿が映り込む。鬼道の体がびくりと跳ねて、眉はぎゅっと寄せられる。その何かを堪えているような表情に、名前はまた不安に思った。

(やっぱり、本当は嫌だったんじゃ……)

 ゴーグルをかけた男に威圧的な視線を向けられては、そう思ってしまうのも仕方のないところだろう。
 だんだんと名前が落ち込んでいくのを感じ取ったのか、鬼道ははっと我に返った。

「あ、ああ。それでいい」
「そ、そっか。じゃあ、これからはそう呼ぶね」
「ああ」

 適当に話を切り上げて、名前はそそくさとその場を後にした。

(嫌われているのか、いないのか……よくわからないなぁ)

 名前には鬼道の考えは計り兼ねた。だから彼女には、兄妹がこんな会話を交わしていることなど想像もつかなかった。

「お兄ちゃん! 私を理由に使ってお姉ちゃんと話すのはやめてって言ったでしょー!」
「うっ、し、しかし……」
「そんなんじゃ、いつまで経っても仲良くなれないんだから! お姉ちゃんね、お兄ちゃんに嫌われてるんじゃないかって思ってるんだよ」
「なっ!? そ、そんなわけないだろうっ」
「私に言っても仕方がないでしょ! いつまでも『音無春奈』を理由に使ってたら、お姉ちゃん本人には興味がないって勘違いされちゃうじゃない」
「だが、いざあいつを前にすると、何を話せばいいのかわからなくなってしまうんだ……」
「もう、お兄ちゃんったら……。でも、そのくらいお姉ちゃんのことが好きなんだね」
「オレは……」
「大好きなんでしょ?」
「……ああ」
「わかった。私がお姉ちゃんの好みとかいろいろ教えてあげるから、お兄ちゃんも頑張って!」
「ああ。ありがとう、春奈」

 すれ違う二人の心が通い合うのは、そう遠い話ではないのかもしれない。

2011/10/02


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