笑った彼女に真夜中のランチ 5/41



苗字はフィールドにおいて俺の理解者であり、サポートしてくれる仲間でもある。それ以上でもそれ以下でもなく、彼女が俺の家に来る大半は相談したい悩みがあるからであって、付き合っている等では決してない。

「こんな夜遅くに来るとは思わなかったぞ。今日はどんな悩みだ?」
「…………」

自分から進んで話す筈の苗字は、慣れているであろう俺の部屋をきょろきょろと見渡しながら、「あ、うん」と言葉を詰まらしていた。三日ほど前に、部屋の片付けをしたのは確かだが、模様替えをしたわけではない。

何を躊躇っているのだろう。

「どうした。お前らしくない」
「じ、実はね……」

やっと話し始めるのだと安堵し、用意したジュースを手に取った。個人的には緊張している苗字にはハーブティーを飲ませたいのだが、何せ彼女は紅茶とコーヒーが飲めない、今時珍しい奴なのだ。香りもあまり好きではないので、俺も彼女に合わせている。

「私ね、明日引っ越すの」

不意にコップを持つ手の力が抜けてしまい、思い切りカーペットの上に溢してしまった。

本気で言っているのか? 嘘だろ……。
明日だと? 今日決まった事ではない筈だ。
なぜ、今更になって言うんだ。
事の重大さを自分で理解していないのか?

「……本当はずっと前から言おうとしてたの。でもね、鬼道とサッカーするの楽しいし。鬼道にこの事話すと、絶対気にしてサッカーに集中できなくなると思って」
「それにしても遅すぎではないか?」
「……ごめん、本当にごめん」

謝っても明日は止められない。

それに苗字の言った事は正しかった。現に、俺はこれだけ焦り、戸惑っている。当分はこれを引きずってサッカーなどどうでも良くなるに違いなかった。そうなると、苗字の最後の思い出も残せなくなる。

彼女の判断は正しかった。

「……信じられないな」
「ごめん、今まで隠してて」
「いや、そうではない。苗字が稲妻町から離れるとは思わなくて……両親の都合か?」

苗字は、コクリと首を縦に振り、腹の虫を鳴らす。情感に満たされたこの部屋は、何とも腑抜けた音で一気に明るさを取り戻した。

「ぶっ! お前らしいな。お腹が空いたのか」
「……これでも私、悩んでたんだから! 朝から何も食べてないの!」
「悪かった、悪かった。じゃあ俺が何か作ってやる」

苗字の顔はさらに光を帯びはじめ、ありがとう、と満面の笑みを浮かべた。



―――――――

「真夜中のランチだね♪」
「……ランチというよりは夜食だな」
「沢山作ってくれるんでしょ? なら豪華なランチ♪」
「……まぁ、どちらでも構わない」

「あとね、ジュースいつ片付けるの?」

御題:Mercy Killing
2011/11/04


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