待ちぼうけ 38/41



美春様へ捧げるキリ番リクエスト

・甘いお話
・彼氏彼女関係

―――――――

気付けば六時を回っていて先生の放送が流れる。

「下校時間を過ぎました。校内に残っている生徒の皆さんは下校してください」

感情も何も込められていない、紙切れのような放送を最後まで聞いて席を立つ。私しかいない寂しい図書室をローファーの硬い音が響き、壁にぶつかり共鳴し合っている。それが何とも柔らかい音になって、苛立った私の心を慰めてくれる。

「……今日は絶対許さないから」

学校を出て向かった先は我が家ではなく、馬鹿サーファーの綱海の所。テストでこれ以上赤点を取ってはヤバイと幼馴染みの私に土下座して勉強を教えてくれるよう頼んできた。けれど、一度だって私の所に筆記用具を持って現れた事はない。


――また「海に行って忘れてた」とでも言うんだ。


綱海の家に着いて顔を合わせれば、案の定そうだった。玄関の戸を開け、私の顔を見た瞬間に青ざめた綱海の表情は滑稽で笑えたが、それを堪えて思いっきり怒鳴った。

「アンタが勉強教えてくれって言ったくせに!」
「わ、悪かった。サーフィンしててさっ」
「その言い訳、もう聞き飽きた!」

開きっぱなしの戸を軽く背もたれにして綱海を睨みつけると、彼の姿勢は次第に小さくなっていった。言葉も「あ、その……」が増えていく。全く話が続かないので私から口を開いた。

「これ、何回目だと思ってるの?」
「……んー……」
「別に数が問題じゃないの」
「わ、悪かった」

――明日も忘れて海に出るんでしょ?

見捨ててやろうかって思うけど、それが出来ないのは彼が私の彼氏だからもあるし、どんなに腹が立っても憎めない、愛嬌があるからかな。

「もういいや。じゃあね」

呼び止める声に耳を貸さず、私は戸を閉めた。そのまま真っ直ぐある場所へ走る、荒い息遣いよりは溜め息に近いものを口から吐き出す。

辿り着いた場所は普通の浜辺、私の秘密の場所っていう訳でもない、平凡な場所。

赤や橙色の温かい太陽は微かに揺れる海面で輝いて、心が安らぐ……と思ったら、波の音と共に近付く砂を踏む音。

振り返るとアイツが、

「よっ。何してんだ、こんな所で」
「……別に」
「まだ、怒ってんのか?」
「呆れて怒る気さえ失せたよ」
「……怒ってるじゃないか」
「怒ってないわよ!」

私の後を追いかけてきたんだと分かったが、ただ追いかけて何を話すかは全く考えていなかったらしい。それっきり会話は途絶えるかと思われた。

「俺、海に行くと全部忘れちまうんだ」

いきなりだった。
そんな事急に言われてもって感じだ。

私の隣に座った綱海に合わせて私もゆっくり柔らかい砂の上に腰を下ろした。

「……知ってる」
「海と一体化して、他の事が見えなくなっちまう」
「それも知ってる」
「い、言い訳とじゃないんだぜ?」
「……うん。分かってる」

膝を抱えて彼の言葉を聞いて、もう少し彼を待っても良かったかもしれない、そんな気分になった。

――綱海は言葉が苦手だから。

「綱海が」
「俺が……?」
「どんなに夢中になっても忘れられない人になりたい」
「…………」
「良いよ、別に笑っても。私の個人的な目標だから」

「笑わねぇ!」

立ち上がり、水平線上に消えていく太陽に吼える綱海。「恥ずかしいからやめてよ」と言っても声量は増すばかりだった。

「うおぉ苗字好きだぁあぁぁ!」
「馬鹿っ!やめてってば!」

顔が赤くなるのは夕日のせいなのか、それとも隣に立っている男のせいなのか。

「そんなの海の広さに比べればちっぽけな話」なんだよね、綱海。

「おっ?なんか言ったか?」
「私はきっと海の波だよね♪」
「よく分かんねぇけど、絶対そうだ!」

彼の一部で、永遠に止む事のない『波』。サーファーのあなたを誘い、待ち続けるんだ。



―――――――

「明日は絶対行くからな!」
「うん、待ってるから」

――待ちぼうけ
   それはきっと『私』――

2011/03/13


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