熟した果実の行き場 30/41
ひな様へ捧げるキリ番リクエスト
・ほのぼの甘いお話
・鬼道、夢主は学級委員
・夏休み中
―――――――
図書館に着いた頃には暑さで苛立っていた三人もいつもの笑みを取り戻し、互いの変わった容姿に目が向き始めていた。
円堂にはヘッドバンドが無かった。
「流石に今日は暑すぎる!!」
豪炎寺は意外にも眼鏡を掛けていた。
「最近視力が落ちたんだ」
そして鬼道はというと、ゴーグル、マントのニセットが姿を消していた。
「理由は円堂と同じさ。あと、私服にマントは元々してないぞ?知らなかったのか」
無言の二人にまさかと鬼道はあんぐりと口を開けた。しかし円堂なら未だしも、豪炎寺が惚(とぼ)けるのはおかしい話、と一人考えている最中、背後から声をかけられた。
「……あ、あの……」
三人はまだ猛暑の中に立っていた。入口扉の真正面で足を止め、話し込んでいたのだ。
そうと気付けば早い話で、三人は申し訳なさそうに頭を低くして道を開けた。
女性の横切り際に鬼道はふとその人のを顔を見ると、見覚えのある長い睫毛とリスのような綺麗な瞳。
「……苗字さんじゃないか」
「えっあ、鬼道君……」
「苗字さんも夏休みの宿題を?」
「あ、うん。鬼道君もなんだね。あと……」
苗字は鬼道の後ろでうろうろしていた円堂と豪炎寺を鬼道の肩越しから覗き見た。初対面だった彼らを鬼道は丁寧に紹介した。
「こっちは同じクラスの円堂、豪炎寺だ。そして彼女は学級会で知り合った苗字さん」
互いに挨拶を終えると鬼道と苗字はまた二人で話し始めて、余ってしまった円堂と豪炎寺は仕方なく余り者通しで話し合った。
女子に無頓着なあの鬼道が進んで話し掛けている。まるで糸が緩んで綻んでいくぬいぐるみのように鬼道の顔は豊かだった。それは誰とも関わろうとしないあの厚いゴーグルが外れていた所為かもしれないが、流石にその理由だけではなさそうだった。
円堂はその事に気付いていないだろう。
豪炎寺は彼の服の裾を掴むと無理やりもと来た道を引き換えすことにした。
「宿題でもサッカーでも何にでも付き合うから今は俺に合わせろ」
鬼道が訳を聞く暇もなく、二人は暑い中に帰っていった。
鬼道も次第に空気を読みはじめる。
「どうしたんだろう。鬼道君も、か、帰る?」
「いいや、俺は宿題をするよ。一緒にどうかな、苗字さん」
断る勇気も理由も苗字には何一つ無かった。
* * * * *
この図書館には自習室が設けられていた。階のあちらこちらに設置された個室には四つの席が楕円状のテーブルを囲んでおり、日差しを取り入れる為の大きな窓ガラスがあった。
その部屋に入ってから一時間弱は平凡なやり取りだった。
「き、鬼道君。この問題どうやって解くの?」
「これは――」
苗字の問いに何度も何度も丁寧に答える。その間の二人の距離は隣り合わせになって一層二人の鼓動は高まるのだった。
「そういえば……ゴーグル外したんだね」
紙と本で散らかったテーブルを挟んでドア側の椅子に座っている苗字が恥ずかしそうに言った。
今更か、と思った鬼道だったが彼女特有のリズムに合わせることにした。
「流石に暑いからな。でもやはり鼻の上と耳辺りが寂しく感じるよ」
「わ、私。鬼道の素顔はじめてみたからビックリしたの」
日付を書いていた右手がペンを置き、頬を染め彼女は満面の笑みで言った。
「凄い綺麗な瞳で食べちゃいたいなぁなんて思っちゃった」
その瞬間、鬼道の持っていたシャープペンシルが手から離れ、そのままテーブルを転がり落ちた。そして自分が口走ったことを彼女も理解する。直ぐ様言い訳するも、それは更に恥ずかしいことだった。
「赤かったから林檎みたいだなって思っただけで――」
「別に本当に食べるみたいな恐ろしい意味じゃないから――」
鬼道のその目には彼女はどのように映っているのだろうか。
「じゃあ……食べてみるか?」
「へっ?いや、だから私は」
「ははっ。冗談さ」
どこか彼の顔には企みがある気がしてならない。
「でも、俺は苗字さんの葡萄のような丸い瞳、食べたいんだがな」
―――――――
「それも冗談ですよね?」
ゴーグルとはその怪しげな笑みを隠し、自らを抑える為の物だったのでは……。
まぁ、誰も知るわけないか。
2011/09/13
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