仲直り 1/41



倉間が苗字と口をきかなくなって、丁度一週間が経っていた。

日曜日の早朝、久しぶりにサッカーの練習は無く、のんびりとした朝を迎える筈だったのだが、習慣というのは怖いものでいつもの起床時間に目が覚めてしまった倉間にとって練習が救いの時間になっていた。

疲れているわけでもない身体を重そうに起こし、隅に置かれた勉強机の上を横目で確認した。携帯電話のイルミネーションに一週間前の点滅カラーは無く、『こうなったのは自分の所為よ』と倉間に訴えながら、そこにあった。

――苗字がいなくても自分一人で楽しく過ごすのは余裕だ。苗字と付き合う前だってそうだったじゃないか。

倉間は両頬を叩き、瞬きを数回すると出かける用意を始めた。

* * * * *

向かった場所は河川敷のサッカーグラウンド。

流石に休日の朝早くからその場所を使用する人はおらず、倉間はすぐさまゴール前を占領した。持ってきたボールを器用に操り、身体を温めていると、部活動のジャージポケットから携帯電話がボトッと落ちた。

慌てて拾い上げ、砂を払って中を確かめる。もちろん着信も無ければ受信さえない。けれど消せない思い出がそこには詰まっていて、県下をして切れてしまった最後のメールまで残っている。苛立って削除ボタンまで操作を進めた時もあったし、別れ話でも切り出そうかと考えたりした時もあった。

そして携帯電話を開いてしまった今、また削除の頁まで進める倉間の指。

「……残したってなぁ……」と決定ボタンに親指が触れた。
「でも、」

――この手に残ったちっぽけな機械のメモリーが、俺の隣を補ってくれている。

「何だかんだ言って、苗字が頭から離れた時なんて無かったよ」

この一週間、感じた事を素直に声に出すと胸に刺さっていたトゲが取れた気がした。急に呼吸が楽になって倉間に反発していたように見えた携帯電話も『よろしい!』と言わんばかりに彼に実を預けたようだった。

先程のページをクリアして、履歴から苗字の携帯番号を探す。

すると懐かしい着信メロディーがグラウンドに響き渡った。

「も、もしもしっ!?」
「……典人? ちょっと聞きたいことがあったの」
「えっ、あ、うん。何?」
「私たち、何で喧嘩したんだっけ?」

二人は笑い合った。
受信ファイルを見れば喧嘩の理由だって分かるだろう。だが倉間は見てはいけないと思った。

「俺も覚えてない」
「きっとちっぽけな事だったんだよね」

メモリーで補わなくても、隣で彼女が話し掛けているのだから。



―――――――

「そうそう、きっとつまらない事だったよ」

2012/03/01


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