たいせつな日-1- 17/41
雲一つ無い空に色鮮やかな花弁が散っていく。
重たいドアを私の隣に居るアレン君が開けてくれて、私の手を優しく取りながら、白い階段を共にゆっくりと下りていく。私達が登場すると綺麗なドレスやスーツを着た友達や家族、私がいつもお世話になっている上司や後輩たちはざわめき、言うんだ。
――『おめでとう』って。
「……名前!」
耳元で名前の名前が繰り返される。
聞き覚えのある、優しい声だ。
「……アレンくんー」
「夢に僕が出てきているんでしょか」
アレンは溜め息を付く。
名前には緊張感が全く無い、ラビによく似た性格だった。いつも死と隣り合わせな暮らしをしているというのに、のん気に毎日を過ごしている彼女がアレンはある意味羨ましかった。
何度か彼女の名前を呼んだが、一向に起きる気配はない。アレンはもう一度溜め息を付いて彼女の鼻を摘み、もう片方の手で口を押さえた。すると当然ながら名前は顔色を変える。
「……んー!」
息苦しくなってもがき始めた名前。
ギリギリのところでアレンが手を放してくれたので間一髪で新鮮な空気を吸うことが出来た。彼女は上半身を勢いよく起こして、ベッドの側で立っているアレンを睨みつけた。
「また、アレンく、んねぇ!」と名前は言った。
「仕方ないでしょう。名前が起きないんですから」
アレンは呆れた顔で名前のベッドに腰を下ろした。
「僕だって、すぐに起きてくれればあんな事はしません」
「声掛けてくれればいいじゃない!」
「何回声をかければ良いんですか!どんなにしたって、名前が起きてくれた事なんてありません!」
ユフィは言葉につまり、ベッドに潜り込んだ。こうすれば自然とアレンは部屋を出て行ってくれる。そして朝食のときにアレンの方から声を掛けてくれるのだ。それが今までのやり取りだったのだが、今日は簡単に帰ってはくれなかった。
「名前、今日が何の日か知っていますか?」
「…………知らない」
――任務? 鍛錬? 掃除? 何だっけ。
「まぁ…覚えていたら、僕は驚きますがね」
「ちょっと、それどういう意味よ!」
「そのままの意味です。ユフィが覚えているわけがありませんから」
だったら聞かずに、答えを言ってよ、とベッドから出て近くのソファに座った名前はアレンに訊いた。
「……じゃあ、今日は何の日?」
「本気で言ってるんですか?」
「うん」
アレンは3回目の溜め息を付いた。こんなに頓珍漢な女の子は初めてだ。ましてや、そんな子を好きになってしまった自分が段々と嫌になってくる。だが、そのような事を思っても本当に嫌いになることはきっと今も、これからも無いだろう。
「今日はあなたの誕生日ですよ」
口をあんぐり開けた彼女の目は点であった。アレンは多少の冗談を期待していたが、この瞬間本当に忘れていたのだと実感する。
「そ、そうだったけ?」
「話が進まないので、進めていいですか?」
「あ、はい。どうぞ」
「では……」
アレンは初めに「お誕生日、おめでとう」と名前に言った。彼女は微笑みながら「ありがとう」と返した。アレンも彼女につられて笑みを見せたが、それはすぐに消え去った。
「……本当は誕生日を祝いたいのですが、僕は今日任務があるんです」
ユフィは気楽にそうなんだ、と答えた。任務は日常茶飯事なので仕方ないことだというのは彼女も分かっている。だから、ちょっと軽がるしい言葉を使ったのだろう。しかし、アレンにとってその言葉はショックだった。
「……ユフィは僕と一緒に居たくないんですか?」
「そういう意味じゃないよ。だって、任務でしょ?任務は仕方のないことだし」
「そ、そうですよ、ね」
アレンは苦笑いして、彼女の部屋を後にした。
――私、変なこと言ったかな。
アレンの後ろ姿と最後に言った「じゃあ、任務に行って来ますね」という言葉が名前の頭にしっかりと記憶された。妙に寂しそうなアレンの後ろ姿が彼女を不安にさせる。
今日中に帰ってくると言っていた。なら大丈夫。たったの一日だけなんだから。無事に帰ってくるよ。
to be continue...2011/11/29
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