変わる事はないもの 15/41



風丸先輩の事を尊敬して、少しでも近付きたかった私は陸上部に入った。けれど先輩は助っ人としてサッカー部にいってしまい、それ以来、陸上には帰ってきていない。

先輩が戻ってくる事を信じて、私はトラックを走り続けてる。先輩が走っていたここを、先輩の背中を追いかけるように加速していくけど、自分で描いた先輩には肩を並べる事さえ出来ていなかった。

「苗字はまだ走ってるのか?」
「……無理しすぎだろ、アイツ」

ボールを蹴って汗を流す先輩の姿を見て、苦しかった。追いかけてきた先輩が消えてしまう気がしてならなかったんだ。

「お〜い、苗字。無理はするな」
「ま、まだいけます!」

尊敬している先輩が離れるのは嫌だ、『好き』な先輩が消えるのは嫌だ。

「苗字、もう止めるんだ」

先輩、先輩、せんぱ……――。

頭の中は真っ白。
左足に激痛が全身を包み込む。

私って何て馬鹿なんだろう。走ってる時に違うことなんか考えちゃいけないのに。トラックでうずくまる自分の姿を想像して、ふっと笑ってしまった。


先輩、この想い受け取ってくれますか?

* * * * *

あれから一週間経った放課後。

今でも捻挫した足首を曲げると電気が走るような痛みがくる。テーピングをして普通に歩けるようにはなったけど、やっぱり痛いものは痛い。

誰もいなくなった教室の通路側の一番後ろの席で、私はある袋を一つ机の上に出して眺めていた。細長い小さな袋の口を大きなリボンで結んだ物はとても不細工な仕上がりだった。

自作だから自分のセンスがないだけなんだけど、やっぱりやり直そうとリボンを取って中身を取り出す。中身を入れて、同じリボンで結ぶ、結局不細工。

「私って本当に不器用……」

机に身体を預けると、前のドアからノックの音が聞こえた。入ってきたのは一週間前から私を心配して来てくれる風丸先輩。慌てて机の横にある鞄にあの袋を放り込む。

「よっ。調子はどう?」

勢いよく身体を起こし「大丈夫です」と答える。先輩は「なら良かった」と優しい笑顔で返してくれた。

「もう帰れる?」
「は、はい。いつもすみません……」
「いや、俺だって練習で苗字を待たせてるから」

私が怪我した時、一番心配してくれたのは風丸先輩だった。悪いのは自分なのに、私の代わりに温かい涙を流してくれた。

そんな先輩の隣を歩きながら、私はある事を考えている。

――陸上には帰ってこないのかな。

先輩の話は常にサッカーで、陸上の事はこれっぽっちも訊いてはくれないし、関わろうとさえしない。まるで避けているような素振りだった。

「苗字、どうした?」

俯いた顔を横から覗くように先輩は眉間に皺を寄せてこっちを見てきた。

「足……痛むのか?」
「そ、そんな事はないです」
「なら、良いけど。無理はするなよ」

訊きたいという気持ちが徐々に濃くなっていく。今にも口から出てしまいそう……でもそれを止める自分がいる。先輩の楽しそうな笑顔をここ最近ずっと見ていれば自ずと分かってしまう。

――陸上には帰ってこないのかな……じゃない、帰ってこないんだ。

夕日の光はもう薄っすらと闇と混ざって濁った色になり、互いに顔も見づらくなった。そろそろ私の家も近付いて、お別れの時が迫る。

「先輩……私決めました」
「なにを?」
「今の先輩を応援します」

足を止めると先輩も不思議そうに止まった。

「先輩、これ。食べてください」

さっき鞄に入れた袋を渡す。

「これは……」
「クッキー焼いたんです。今まで心配してくれてありがとうございました」

先輩は息が漏れたように返事をした。「ありがとう」その気持ちが純粋に嬉しくて、先輩の姿が闇に溶け込んでいくようにぼやけていった……涙のせいだね。

怪我する前までそれを恐れていた私。でも今は違う、先輩はいなくなったりしないって分かったから。

「苗字……?」
「今度、感想聞かせてくださいね。足が完全に治ったら応援しに行きますから!」

先輩……
この想い受け取ってくれましたか?



―――――――

先輩の口から聞きたかった、でもそれはきっと先輩を迷わせちゃう言葉だから。
先輩を想う私の気持ちは変わりはしないのだから。

2011/02/17


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