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▽ 水と刃の

ここに来て、不思議でならないことがある。それは多くの精霊たちが存在する水の城においても特に異質な並びをしていて、最初にそれを目にした時は思わず自分の目を疑ったりしたものである。

そう、これは実に不思議でならない現象なのだ。何故、自分とあの男の精霊だけこんなに隣り合っているのだろう。刃と水の精霊が特別仲が良いと言う話は聞いたことがないのだが、もしかしたら単に自分が知らないだけだろうか。この冒険が終わったら精霊の文献を読み漁ってやろうと胸に誓いつつ、目前の現象を静かに見下ろした。水溜まりのようなものの横で地面から離れたり刺さったりしているのは、間違いなく剣の形に擬態した精霊だ。そして水溜まりのような物も実際には精霊が擬態した姿であり、つまりは水と刃の精霊が隣合っていると言う事実を指し示している。この城には他にもたくさん精霊が存在しており、同じ空間に精霊が2体以上いることは特段珍しいことではない。…ではないのだが。
しかしこんな直ぐ近くに2体が隣り合っているのはこの部屋だけで、他は皆一様に少しずつ距離を取っているように見受けられた。
雷の精霊とは、残念ながら同じ部屋にさえいないようだ。そもそもたとえ自分と雷の魔法使いである親友とは仲が良くても、実際の精霊同士は相性が悪いのだから隣り合う筈もないのだが。どれだけ頭でその事実を理解出来ていたとしても、やはりどうしても納得が行かない。
何故?よりにもよって?頭の中ではその二つの疑問が先ほどからずっと繰り返されている。

水と刃の精霊を連れて行く条件は、主に金貨と銀貨を差し出すことだ。水の精霊が条件として出すクレセント銀貨は、比較的入手し易いのでそれほど苦労はない。逆に刃の精霊が条件として出すキャムティ金貨は、クレセント銀貨と比べると希少価値が多少高く集めるのが大変だ。しかも刃の精霊はさらに所持しているカエルグミ全てを捨てるように要求するらしい。聞き及んだだけでも、なんて面倒な精霊なのだろうと思う。やはり刃の魔法とは、偏屈で面倒くさい人間が極めようとする魔法なのではないだろうか。どうもそんな気がしてならない。自分の前方にいる敵一体に対して強い効果を与える、そんな危険と隣り合わせのような魔法を敢えて選ぶ魔法使いが面倒な奴でない方がおかしいのかも知れない。自分にも魔法を極めたいと言う想いがあり、それ故に水の魔法以外の魔法のこともそれなりに勉強していた。その中で、刃の魔法が間違いなく癖の強い系統の魔法であることは、恐らく言うまでもない。面倒で癖が強い、まるであの男その物ではないか。

一見すると使いにくいことこの上ない刃の魔法だが、実際の戦闘では割りと役に立っていたりするので益々面白くない。この前もそうだ。あの男が素早く一歩を駆け出すと同時に見えない刃が敵の羽を逸り落とし、尚も喰って掛かろうとするその足下から自分が出した氷の柱が生えて敵が串刺しになる。この闇のプレーンに来てから実に何度もあの男の魔法で連携を作り出し、厳しい戦況を切り抜けられて来た。悔しいがそれは、事実だ。認めるしかない。でもそれとこれとは、全く以て話が別なのだ。
懐から金貨を取り出してみる、だがこれでは到底要求数に足りそうもない。次いでに言うと銀貨も今は足りていないようだ。第一この水の城にいる精霊たちは、全体的に要求する内容がかなり割高だ。他の場所に点在している精霊たちを先に集めた方が、絶対に効率が良い。分かっている、分かっているが何か釈然としない。しばらく苦い顔で精霊を見下ろしていると、後ろで声がした。
許しがたき当の本人はカッコつけた風にして入り口にもたれ掛かっている。声には答えず、代わりに緩やかに側まで近づいて行く。当人の前まで辿り着くと、無言で視線を向けた。普段ならなにか軽口を叩くであろうその口は珍しく閉じられ、神妙な顔で自分を見下ろしている。憎まれ口の1つでも向けてやろうと思ったのにそんな顔をする物だから、自分もまた黙って彼を見上げるしかなかった。
どのぐらいそうしていただろうか、リーダーを努めるクラスメートの大きな声がして思わずハッとする。

リーダー格の探検は終わったらしく、楽しそうな声で自分たちを呼んでいた。 何時の間にか思い思いの場所に散っていた他のクラスメートたちも、既に集まっている。急に気恥ずかしくなって、出来る限り早足でクラスメートたちがいる方に向かう。後ろを振り向いてあの男の方を見ると、まだ神妙な面持ちをして2つ並んだ精霊の方を見ていた。だが急かすようにリーダー格の声がさらに響いて、ようやくおもむろに動き始める。自分の方が先に歩き出した筈なのに、ほどなくして自分に追い付いてしまった。言うまでもないが、歩調はこいつの方がかなり早い。横を歩くその顔は、やっぱり何時もと違っているように見える。抜き去ろうと思えば直ぐに出来るだろうに、こいつは何故か歩調を合わせるようにゆっくり歩いていた。どうして、そんな優しさを見せるのだろう。そんなことされたら、もう何を喋ったら良いのか分からなくなる。顔を下に向けて、出来るだけ隣を歩く男の顔を見ないようにした。でないと、熱を出してしまいそうだ。

ようやく自分たちが同時に到達すると、リーダー格は自分たちを交互に見て興味津々といった顔をする。二人で何してたかとか何か気になる物でもあったかとか、リーダー格のクラスメートは色々聞いてきた。結局自分はどれにも上手く答えることは出来ず、また普段饒舌な筈の彼も無言のまま答える様子はない。こんな時ぐらい、何時もの軽口で流してくれたら良いのに。古代機械は空気を読んでいるのかそうじゃないのか、自分たちを見て口をつぐんでいる。
自分たちのそんな様子を見かねたらしい若き芸術家のクラスメートは、したり顔でリーダー格の小耳に何かを挟む。すると彼女は理解したと言わんばかりに大きく頷いて見せた。周囲に微妙な空気が流れ出すのを感じて、堪らなくなって先を急ぐように大きめに声を張り上げる。声が少し裏返ってしまったが、お陰で話題は変わったようなので良しとした。全く、この芸術家のクラスメートもなかなか侮れない。

2つ並んだ刃と水、今度来る時は恐らく金貨も銀貨も十分集まっていることだろう。寂しくなんてない、寧ろ願ったり叶ったりだ。頭の中でどれだけそう思い込もうとしても、あの男の顔が思い浮かんで胸の中がざわざわと落ち着かなくなる。早く親友に会いたいのに、魔バスの修理はまだ終わらないのだろうか。次の目的地はエニグマの森だ。否がおうにも緊張は高まり、親友のことがついつい頭に思い浮かんでしまう。
入り口を出て苦々しげに砂漠の空を見上げる自分を、背後から相も変わらず見つめ続ける男の視線にその時自分が気づくことはなかった。




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