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▽ 雪と誕生日と二人分の足跡

ブルーベリーの過去に関する捏造と妄想を多分に含んでおり、また未来妄想的な感じになっております。後ムダに暗い。
以上を踏まえてお読み下さい。













外はきっと寒い。窓の向こうの暗闇を見つめて、直ぐに思い付くのはそれだけだった。風は吹かず、雪はただ静かに降り積もる。幼い頃から誕生日は自分に色々な現実を突き付けてくる。王室仕えの魔導師になれないと分かったのも、そう言えば何度目かの誕生日だったような気がする。
幼い日の記憶をどれだけ辿って見ても、この家にいて楽しかったことが思い出せない。グラン・ドラジェが現れてみんなと会う前まで、自分がどんな風に生活していたか思い出せないのだ。
冷たいパパとママ。憐れむような周囲の目。何時まで持つか分からない制限時間付きの身体。全てが呪わしく、全てが妬ましかった。おばあちゃんだけが、何時も自分を助けてくれた。自分の味方は常におばあちゃんだけ。ニャムネルトの親友や他のみんなと会うまでずっとずっと、そんな生活が続いていたように思う。今にして思うと、どうしてそんなヒドい生活を続けることが出来たのだろう。幼き日の自分の涙ぐましい忍耐強さにはほとほと呆れてしまう。もっと自由に、自分の声を大に出して生きて良いんだと思えるようになったのは、ひとえに親友や他のクラスメートのみんなのお陰だ。
そしてあの男も―
考えごとを遮るようにドアがノックされる。入って良いと許可を出すとドアから顔を出したのは、白髪の老執事だった。お父上の遺品の整理は終わられましたか、と静かな声で問いかける。そう言えば物思いに耽っていて全く作業が進んでいなかったことに気付き、慌てて作業を再開させる。老執事には後もう少し掛かると伝えて下がってもらった。父親(パパ)の持ち物にこうして触るのは初めてかも知れない。常に厳格であった彼は、自分と会話する時は何時も背中を向けていた。よくよく考えたら、今まであの人とちゃんと向き合って話したことなんてあっただろうか。もうどんな顔をしていたかもあまり思い出せない。普通の親子同士なら、もっと違ったりするのだろうか。普通を経験したことがない自分にはまるで想像も出来ない。何せ実の父親の死を前にしても特に何の感傷も湧かないのだから相当だ。大体まとめられる物はまとめられたので再び老執事に来てもらう。

遺品整理と言っても、大したことはない。父親(パパ)の持ち物は殆どが分厚く厳めしい書物ばかりで、個人的な私物は全くと言って良いぐらいなかった。きっとあの人にとって何より大切だったのは家のことで、しきたりを守れなかった自分のことなんて心底どうでも良かったのだろう。王室仕えの魔導師になれないと分かった時のあの自分を見る目は、今思い出しても正直応える物がある。おばあちゃんがあの時自分を連れ出してくれなかったら、いったいどうなっていたか考えただけで身の毛が弥立つ。老執事は遺品を全て確認すると自分に向かって恭しく礼をし、それから去って行く。することは終わった。もうこの家に用はない。老執事がドアの外に消えるのを確認してから、足早に自分も建物の外へ向かう。家の人間に見つかると色々と面倒なことになるのは目に見えていたので、本来あまり使われることのない裏口にある螺旋階段を駆け降りるようにして外へと躍り出た。

外は一面銀世界とでも言うべきか、窓から眺めていた時よりも更に視界が白く染まっている。雪を見てはしゃぐような年齢はとうに過ぎて、今はただの自然現象の一部でしかない。でも、真っ黒な空から絶え間なく降り注ぐその白さは、心まで白くするようだった。
白さとは無知の証であり、文字のないページみたいな物だと自分は思う。学生の頃は、無知とは最も恥ずべき物であり、努力を怠った結果でしかないと思っていた。けど今は違うような気がする。
無知とは力だ。知らないからこそ人は知ろうとするし、知らないことに気付いて初めて人は行動を起こそうとするのである。机上でどれだけの知を得たとしても、それだけでは足りない物が世の中には山ほどあるのだと言うことを、あの冒険で確かに自分は学んだのだった。
誕生日が近付くと決まって降る雪は昔からあまり好きではなかった、だが今見るとそれほどでもない。上着のポケットに両方の手を突っ込むと、頭のてっぺんに雪が積もり、まるで帽子を被ってるみたいになった石像の横を通り過ぎる。確か歴代の偉い人の石像だったように思うが、それがどうして螺旋階段の昇り口に置かれているのかは家の中の人間もよく知らなかったりする。そこまで離れていない小さな門に手を掛ければ、もうそこは家の外側だ。誰にも見つからなかったことに安堵しつつ門を閉じると、思わぬ先客が真後ろに立っていた。

「よぅ、久しぶり。元気だったか?」
「あなた生きてたのね、残念だわ。」

振り向かなくても誰か直ぐに分かる。突然クラスメートに何も伝えずに卒業していった、実に残念な元クラスメート。数年ぶりに聞くと随分声も低くなっていたが、声から漂う空気はあの頃のままだ。つまり精神的な成長は全くなかったと言うことだろう。あれだけみんなに心配を掛けておいたのにも関わらず。自分が冷ややかな声を送るのもやぶさかないことだ。

「突然卒業したことなら、オマエも人のこと言えたギリじゃないだろ?」

振り向きもせずに対応して見せると、今度はこちらが思わぬ反撃を受ける。少しだけ眉を動かして肩を震わせるが、それも一瞬のことで、直ぐに表情を消して男と向き合った。内側に逆巻く嘆きと孤独だけはひた隠しにして。向き合った彼は、当然だが記憶の中よりも大人になっていた。

「私はみんなと、ちゃんとその後もやり取りはしたわ。あなたと違ってね。」

母親(ママ)が亡くなったと報せを受けたのは、確か冒険が終わった本の二、三年ぐらい後だったか。卒業をするのはもう少し後の予定だったが、お陰で予定が早まってしまった。母親(ママ)に関しても父親(パパ)と同じような物で、親子らしい会話をした記憶は殆どない。厳格過ぎて一緒にいると息が詰まるような人だった。葬儀を済ませてからは、逃げるように魔法の研究を始めた。家の人間に利用されるのはごめんだったから。彼が突然卒業したと聞いたのはその直後である。
瞳に何の感情も込めずに彼を見上げると、彼もまた感情を伺わせない表情で見返して来た。先程から何の返答もない。冷たい雪だけが、自分たちの隙間に降り注ぐ。どれぐらいの時間そうしていただろうか、突然彼がにじり寄って来て腕を掴んで、そのまま自分をどこかへ引っ張って歩き始める。

「どこに行くつもり?」
「さぁて、どこだろうね?」
「答えなさい。でないと引っ掻くわよ。」

彼の腕は昔見た時よりも鍛えられて筋肉質になっていて、自分が少し引っ掻いたぐらいでは動じなさそうだったが、でもこのまま為すがままされるのはごめん被る。引っ掻くじゃなくてつねるにすれば良かったかと思いながら、両足を精一杯地面に引っ付けて拒否を示した。
彼は緩やかに立ち止まると、首を回して顔だけでこちら覗き見る。

「魔法の研究ってさ、特に目的地とか決まってないんだろ?オレが付き合ってやるよ。」

ヘラヘラと笑いながらでも至って真剣そうにそんなことを言って来るので、私はついにこの男は頭がイカれでもしたのかと思ってしまった。

「悪いけど助手は付けない主義なの。」
「3食フルコースで作ってくれて給料も要らない。こんな良い人材よそには絶対ないぜ?」
「論文だってたくさん書かなきゃいけないのに。」
「心配すんな、こう見えて字はキレイに真似できるからさオレ。」
「…バカね。筋金入りのバカだわ。」

顔を前に向き直して歩みを再開すると同時に、彼は自分の腕を掴んでいない方の彼の腕を宙に振り上げて脳天気な明るい声で言った。

「バカで良いんだよ!その方が人生楽しいしさ!オマエももっと人生を楽しもうぜ!」

本当に、バカな男だと思う。バカもバカ、大うつけだ。無知の塊のようなこの男を、理解する術などあろう筈もない。だけど確かに、今こいつに救われたような気がしているのは、何故なのだろう。知らず溢れた水滴が、足許に一滴落ちる。泣き顔なんて絶対こいつには見られたくなかったから、後ろを向いていてくれて本当に良かったと思う。

「…こき使うから、覚悟しときなさいよ。」
「オレの絶品料理食べたら、他の飯は食えなくなると思っとけよ!」

静かに白く染まる地面に二人分の足跡が残され、しかしそれも後から積もる雪がかき消して行く。自分を助けてくれたのは、親友や他のクラスメートたち。そしてこの男もその中に含まれているのだと、認識せざるを得なかった。
白さとは無知の証。これからその無知の白さは、今までにない文字と知で埋め尽くされて行くのだろう。涙はまだ止まらない。
けれど胸の中を満たすのは、膨らむ期待と希望だけだ。

二人分の足跡がひっそりと連なって残されてそして消えて行き、後に残されたのは白い雪に覆われた物言わぬ地面だけだった。二人がその後どこへ向かったのかは、空の月すらも分からない。




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