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▽ 隣が気になって眠れない夜

この闇のプレーンに来てから、これで何度目の夜だろうか。夜は更けて外はもうすっかり真っ暗で、木彫りの窓の細い隙間から差し込む月の光だけが辺りを照らしている。耳に入って来るのは安らかな寝息と、森の隙間で鳴いている虫たちの静かな声だけだ。
あの次元を移動する装置を使って魔法学校からここまでやって来て、それから実に色んなことがあったように思う。確執を抱えた村であるクラスメートは古い感傷を乗り越え、またあるクラスメートは闇がひしめく森において己の意味を見出だしたりした。
今旅をしているのはクラスメートを探しだす為に他ならないが、クラスメート達にとってはそれ以上に意味のある旅になっているようだ。
そしてそれは自分にも言えることである。もしエニグマ達が現れずあのまま臨海学校が続いていたとしたら、親友とはずっと擦れ違ったままだったのだろう。自分と親友の仲を近付けたその切欠がエニグマだと言うのは、ことさら皮肉としか思えなかった。でもそれでも今この瞬間も、臨海学校が始まる前以上に胸が躍るような感覚がしている。問題が全て解決した訳ではないが、しかしこの旅で学んだことやクラスメートのみんなとの間で培われた物は決して消えないことを確信していた。そう、ただ唯一の問題を除いては。

暗闇の中瞼を開き、隣にいるであろう人物に視線だけを向ける。よりにもよってたまたま自分の隣になったのが、このふざけた男だなんて。もしも運命の神が存在するのだとしたら、この瞬間だけ全力で呪い倒したい気分になったのは言うまでもなかった。こいつが隣だなんて落ち着かないし、眠れない。幸い壁は薄い木で編んだようなもので、声を上げれば直ぐ周りが気づきそうと言うのが数少ない救いだと言える。四角い形をした宿屋の店員はいい加減なことしか言わないのでそもそも頼りにならないし、男の方はと言えば「意識してくれてんの?照れるねぇ」だなんてヘラヘラしながら言いだすしで癪に障ることこの上なかった。店員の適当さと自分のくじ運のなさに半ば呆れつつも先ほどから精霊の数を何度となしに数え続けているのだが、眠りが訪れる気配は一向に見られず頭を抱えたい気分である。

男は仰向けで規則正しい寝息を立てているようだった。彼の寝姿を隣で見るのは初めてだが、想像していたよりも随分と行儀が良い。暗がりにおぼろ気に浮かぶ男の髪は、さながら亡霊か魔物…と言いたい所なのだが。実際には月明かりで反射してきらきら光っている。自分の髪は寒々しい色でしかも夜目には全く見えないのに、この男の髪は夜目でもはっきり分かるぐらい光っているのだ。持ち主に似て実に嫌みったらしい髪だと思った。

するりと手を伸ばしたのは本当に無意識でしかなく、この時何をしようとしていたかは実際定かでない。どう思ったかなどは後で幾らでも取り繕える。大切なのは、先に過失を犯してしまったのが自分と言うことだけだった。
恐る恐る無意識に伸びた手のひらを、しっかりと掴む感触がある。それがこの男の手だと気付いた時には既に、彼の懐に招き入れられていた。

「…傍にいてやるから。」

藁で編んだ布団を自分に掛かるようにそっと被せてから、優しく髪を撫で始める。心臓が苦しいぐらい鼓動を鳴らして、顔面の皮膚からは熱がほとばしるような感覚がした。こんなのはズルい。本当にズルい男だと思った。最初に手を伸ばしたのは自分だから、彼だけを責めることなんて出来ない。髪に触れる指の感触が優しすぎるから、声を上げることも出来ない。なんだかこれではまるで、最初から狙ってたみたいだ。まさか、そんな。男の服の裾を掴みながらギュッと目を瞑る。そうしたら、嘘みたいに簡単に意識を手放すことが出来た。安心したのか拍子抜けしたのか、単に起きているのが限界だったのかは分からなかったけれど。
不思議とその眠りは深くて、夢の中で自分は心地好い優しい舟に揺られていたと言うのはここだけの話である。



あの時手を伸ばしてしまったのは、ただあのきらきらとした輝きに触れたかっただけなのかも知れない。朝が来て裳抜けになった隣の空間を見ながら、そんなことを考える。自分がクラスメートたちの前で寝坊をしたのは、後にも先にもこの一回だけだ。



ブルーベリーがカシスに「眠れない…」と言ってみると「傍に居てやるから」と眠れるまでずっと髪を撫で続けてくれました。
と言う呟きの診断結果を妄想した結果の産物。宿屋でカシスとブルーベリーが隣同士(しかも密室)になると無性にたぎるのは私だけでしょうか。




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