文章 | ナノ


▽ みんなのちから

それは弱く小さな一歩であった。
相対する敵はことさらに強大であり、一撃を喰らう度に仲間たちが激しく傷付いて行くのがわかる。恐らく次はないだろう。ぼろ布みたいな身体を引き摺って、私はかろうじて両足で立ち上がる。敵は依然として倒れる気配はなく、禍々しい手を振り上げて今まさにこちらに止めの一撃を加えようとしていた。

もうダメなのかな?

諦めが心に浮かび掛けたその瞬間、なにか暖かいものが身体に流れ込んで来るのを感じとる。周囲を見やれば、そこには傷付いた仲間たちがしかしその瞳の煌めきだけは濁らせずに各々立ち上がっていた。諦めない、そう決して。みんなで一緒に帰るんだってこと、そう言えば忘れるところだった。危ない危ない。
直後に自分に流れ込む暖かい力が何であるかを知る。自分の周りにはいつの間にか、緑色の犬のような姿をした精霊が集まっている。数は数えるまでもない。私は思わず仲間たちの方を見た。少し薄い銀色の長髪のクラスメートは自分に向かって親指を立て、深い海みたいな髪と瞳のクラスメートは自分に向かって小さく頷いて見せる。ちょっとだけ楠んだ金髪のクラスメートは何時になくやる気がみなぎってて、自分より濃い緑の髪のクラスメートはとても強い眼差しでいる。
そして、私たちのリーダー格が私の隣に立っていた。身体から沸き上がる力。目の前の敵を倒す為だけじゃない、これは悲しみを断つ為の力だ。
エニグマよ、もう全て終わりにしよう。ガナッシュを、そして囚われたガナッシュの姉を救う為にも私たちはあなたに勝つ。みんなの強い想いがある限り、私は、私たちは負けない!



あれから何年経っただろう。
今の私の仕事は、ここで絶滅危惧種とされた動物たちを保護することだ。この仕事は閉ざされた領域内での仕事と思われがちだが、実際には多くの人同士の協力がないと成り立たない仕事である。そのお陰か私も以前よりは人との付き合いに慣れてきた。こんなにたくさんの人と関わるだなんて、以前の私なら考えられなかっただろう。
本当に大切な物の為には自ら行動しなければならないことがあるのだと、あの冒険で私は教わったのかも知れない。

実はあの冒険の直後も色々あった。グラン・ドラジェが軍を掌握してガナッシュが彼の姉に会いに行くまで、私たちは緊迫した場面に幾つも遭遇している。実際にエニグマ憑きと一悶着あったクラスメートもいたらしい。国の要人が関わっていたのであまり公にはされなかったが。
だけど、それももう過ぎたことでしかない。この国は、恐らくは長く続くであろう平和を手に入れたばかりなのだから。エニグマ憑きはもう誰も逆らわないし、逆らえない。彼がいる限り、ずっと。
時々彼のことが心配になる。担任だった教師に聞いてもどこかでちゃんと生活してるから大丈夫だなんて曖昧な答えしか帰ってこないものだから、やはり不安は拭い去れない。
でも、彼に魔力がないだなんて最後まで誰も信じられなかったし。それに最後に見た彼の顔は、今見ている空の色のように晴れやかだったから。結局は私も、彼ならきっと大丈夫だろうと思えてしまうのがなんだか凄く不思議だった。学生時代彼を兄のように慕っていた自分としては、もちろん困った時には頼って欲しい気持ちもあるにはあるのだが。



それはとても弱く小さな一歩であった。小さくて覚束ない足で踏んだ一歩。それでも最後にはみんなで、みんなのちからで世界を変える大きな一歩を踏み出したのだ。昔は嫌だった自分の力も、この力があったからこそクラスメートの痛みを知ることが出来たのだと思うと悪くないように思えてくる。彼女に近付く為の一歩を与えたのは、間違いなく嫌っていた筈の自分の力だった。そうして彼女もまた自分で一歩を踏み出した。彼女だけじゃない。あの冒険の後、クラスメートはそれぞれの一歩を踏み出して歩き始めたのだ。それぞれに異なる道のり、自分とはもう二度と交わらない道に進む者だっているだろう。そうだとしても、そうだとしてもだ。たとえこの先もう二度と会えなかったとしても、繋がった想いは消えやしない。みんな心の中で繋がってる。ちっとも寂しいだなんて思わなかった。

どんなに離れていても歩みは重なり、想いも重なる。ひとりじゃない、私もみんなも誰もひとりじゃないんだ。私は一枚の写真を手に取って、一人で笑顔を浮かべる。外は依然として快晴、雲一つない空から太陽の光が窓に射し込んでいた。

みんなのちから。




prev / next

[ back to top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -