文章 | ナノ


▽ 私とチョコレートと銀色

聖なるバレンタインデーなんて世の中は騒ぐけれど、その実情とは所詮こんなものだ。手の中の小包を見つめながらため息を吐いた。確かこれで37回目。別に数えている訳でもないのに正確な数を覚えている自分の頭が正直とても煩わしい。
そもそも、何故自分はこんなことで悩んでいるのだろうか。たかだかチョコレートの一つや二つ、さっさと渡してしまえば良いのに。
バカバカしい。
そう思うのとは裏腹に気分が全く乗って来ず、さっきからずっと小包とのにらめっこが続いている。薄い茶色の小さな包み、この中には正真正銘のチョコレートが入っていた。それは誰の目にも触れることなく、今も静かに息を潜め続けている。
いったいどうしてこんな物を作ってしまったのか、未だ答えは見つけられずにいた。


思い浮かぶのは、銀色の頭。それはクラスメートの中でも一際高い位置にある。後ろ姿しか見えなかったけれど、色とりどり着飾った箱を持った女の子たちに黄色い声で迫られていた。その時のアイツのすました声が気に入らず、包みを握り締めて舞い戻ったのは今から小一時間ほど前のことだ。

「わかってたハズなのに…。」

ひどく惨めな気分になりながら、また小包の方を見つめる。これはクラスの女子で作った物のその余りでさらに作った物だ。全員分作った後余りが出来たので、勿体ないからと自分から譲り受けてわざわざ作った。今にして思えば、何で自分はそんなことをしたりしたのだろう。第一誰に渡すかは特に決めていなかったし、適当にクラスメートの誰かに渡して済ます手筈だった。
それが誰かさんの顔を見た途端、踏ん切りがつかなくなってしまったのだ。

数えることおよそ38回目のため息が出そうになったので、意識して止める。すると今度は情けなさでため息が出そうになった。
ついには小包を睨みつけて、いっそ自分でこれを処理してしまえばこの永久に続きそうなにらめっこは終わるのだと思い至る。小包を少し乱暴に開いたのと、教室の扉が勢いよく開けられたのはほぼ同時の出来ごとだった。

「なんだ、まだ残ってたのか!レモンは一緒じゃねぇんだな?」

振り返らなくても声の主は分かる。どの面下げて来たと責め立ててやりたいのは山々だったが、それはそれで八つ当たりのようにも感じられたので思いとどまる。それにしても間が悪い。小包を戻そうにも、もう開けてしまったのだからどうすることも出来ない。内心冷や汗をかきながらも、どうにか声色を整えて尋ね返した。

「あなたこそ、何してるの?さっきまで一緒にいた女の子たちは?」

決して振り返ることはしない。顔を直視する勇気がなかった。チョコレートを包み直すぐらいのことなら出来そうな気がしたが、何せ背後に刺さる視線が痛すぎて身動きひとつ儘ならない。質問に答える気配はなく、代わりに足音だけが近づいてくる。その靴音は実に軽やかで、自分の直ぐ後ろまで来るのにもそれほど時間は掛からなかった。そうしてようやくチョコレートは、他人の目に触れることとなる。

「お!うまそうなの持ってるじゃん!そいつオレにくれよ!」

自分の肩越しにチョコレートを見て、第一声がそれだ。頭にカッと血が上るのが分かった。いったい誰のせいで、こんな惨めな気持ちになっていると思っているんだ。ひどく腹立たしくなって、立ち上がるのと同時に吐き捨てる。

「そんなもの、全部持っていけば!?どうせ他にもっとおいしそうなものたくさんもらってるんでしょ!?人をバカにするのも大概にして!」

まくし立てるようにそれだけ告げると、荷物を手に足早に立ち去ろうとした。何でこんなに怒っているのかは自分でもよく分からないが、ただただ気に食わなくて辛抱ならない。それは、普段からこの男に対して抱いている感情その物であった。何故彼に対してだけこんなにも憤りを感じてしまうのか、その理由を自分は未だ掴めないままでいる。
そのまま顔も見ずに直ぐ横を通り過ぎる筈だった、のだが。突如として腕を掴まれたことによりそれは阻まれてしまう。何ごとかと思う間もなく耳元で囁くような声がした。

「ありがとう、ブルーベリー。」

先ほどまでとは違う意味で頭に血が上る。心臓までもが高鳴りを打ち始めた。もう訳が分からなくなって、彼の腕を振り払うと逃げるように今度こそその場を後にする。顔面の皮膚に浮かぶ赤色の熱は、なかなか消えてくれそうにない。誰かと鉢合わせしないよう必死で祈りながら、走り慣れない自分の足をどうにかして走らせた。レモンがいたら良かったのに。動悸が止まらない、涙が出そうだ。彼に対しては何時もしてやられてばかりいる。顔も見ていないのに口の端を持ち上げる男の顔が思い浮かぶようで、一層悔しさだけが心につのった。



教室に一人残された彼は、彼女の残した物を片手に持ち上げて形の整ったそれを一口頬張る。甘くてほんのり苦い、味わい深い大人の味が口の中に広がっていった。

「よく出来てる。…最高だよ。」

誰に言うでもなく、そうぽつりと呟いて見せる。
窓から差し込む夕陽で顔は分からないが、どうやらその口元は笑みを浮かべているようだ。
それは、彼にしては珍しくとても優しげな形をしていた。




prev / next

[ back to top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -