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▽ 雨の降る日に。

雨が降っている。
水滴は降り注ぎ、大地をどこまでも潤して行く。
あどけなさを残す瞳が空を見上げた。
雨はまだまだやみそうにない。彼の暗めの緑色の髪は、既にべったりと重く垂れている。

少年は川辺に一人で立ち尽くしていたが、やがてまた歩き始めた。
降り頻るこの雨の中、たった一人傘もささずに彼は歩く。
その瞳は何処か遠くを見つめている。ここにはない何か別のものを見つめているような、そんな瞳だった。
雨で川は尚も勢いを増しているが、少年が気に掛ける様子はない。

思い浮かぶのは、自分の姉のことばかりだ。痛々しいほどに美しく脆く、それでも自分にとっては欠け代えのないとても大切だった人。
何故あんなことになってしまったのか。その想いは今でも彼の心の中を支配し続けている。
一体あの時、自分は姉に何をしてあげられたのだろう。何をどうしてあげれば良かったのだろう。
その純粋さ故に世界へと牙を剥いた自分の姉。
純粋すぎるが故の悲しみと怒りはあまりにも深く、多くの数え切れない命を奪った挙句自分の恋人の命さえも奪ってしまった。


「自分の死体を、シブスト城の見える丘に埋めて欲しい―」


最後まで姉の恋人だった、パペットと呼ばれる種族の青年の最期の願いを思い出す。種族こそ人間とパペットで違っていたけれど、自分の目には二人は深い何かで結ばれているようにずっとそんな風に見えていたのに。
そんな彼でさえも、とうとう自分の姉を救うことは出来なかったのだ。
あの彼が死んだ日に一体何が起こったのか、実際にこの目で見た訳ではない。ただ確かに、あの日姉の恋人は命を落としたのだ。姉を目前にして、姉の手に掛かり死に絶えた。
けれどそんな彼の最期の願いは、決して憎しみでも後悔でもなくただ死しても尚姉の傍にあることだったのである。

姉の方はと言うと、ついに何時ものように帰って来ることはなかった。この世でたった一人の姉のことなのに、誰も何も何一つとして語ることはなかった。
両親も教師も、校長ですらも。
ただ魔導に伴う実験で多くの死者が出たとだけ伝えられた。
本当に、たったのそれだけだった。

ふと雨足が弱まったのを感じて、彼は立ち止まる。
この雨はこのままやむだろうか、それともまたぶり返すだろうか。気になりはする物のやはりどうでも良くなって、少年はその場に座り込んだ。
今の自分には、ただこうして憂うこと以外何も出来ない。吐き捨てるような言葉も毒づくような態度も総ては来る悲劇の予兆に過ぎなかったのだと、自分以外の誰が気付けたと言うのか。
防げたかも知れなかった、けれど結局は防ぐことの出来なかった事態に思いを抱けばその度虚しくなる。
そんなことに意味などない。分かっていたところで、その想いを止める術は自分にはない。
この雨の彼方で、姉は今何を想っているのだろうか。
まだ憎んでいるのだろうか、世界を。人々を。
もしそうなら、自分は。

その瞬間、今まで降り注いでいた水滴が突如遮られた。
見上げればそこには、自分よりも薄くて明るい緑色の髪をした幼い少女が一人。
黄色い傘を両手を使って、一生懸命自分に向かってさしている。もう服も髪もべったり濡れてしまっていたが、その優しさに胸が沁みた。


「オリーブ。」


名前を呼んだだけなのに少女が泣きそうな顔をするから。自分は立ち上がって頭を撫でてやることにする。
この子がいる限り、少なくともこの学校にいる間自分が全く独りぼっちになることはなさそうだ。
ふいにそんなことを思った。
これは臨海学校に行くよりずっと前、とある雨の日の午後のことだ。

(あ、雨がやんだ。)
(虹が出てるね…。)

Fin.

改装中もあんまり手を加えなかった奴。確かガナッシュはなんか表現方法に困るなと思いながら書いてました。
自分で書いといて言うのもアレですが、良い子は雨の日に川とか行ったらダメだよ←




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