美味しい幸せ。(仁王)





「精市」
「あぁ、夢。」
「しっかり食べてる?アンタ、淡白好みな上に食が細いんだから」
「大丈夫だよ。夢こそ、食べすぎないようにね」
「余計なお世話。」


…そりゃまぁ幼馴染みだし、立海に来た理由が「幸村の見張り」なのだから、いたしかたないことだとは分かっている。
でも惚れた弱みとも言うべきか…


「仁王、嫉妬?」
「…さすが幸村、お見通しか。」
「何の話?」
「女子には分からない話さ。」
「ふーん?」


この鈍すぎるとも言うべき存在の夢を振り向かせるなど…俺に出来ることなのだろうか。
…なんて思っていることを、赤也にでも気付かれたとしたら詐欺師の名折れだろう。
ただ俺は、らしくも無く真剣に悩んでいたりして…
ふぅ、と小さくため息をついた。

だがその小さなため息を、この鈍ちんは見逃してくれない。


「なぁに仁王、ため息なんてついて。」
「…何でもないぜよ。」


幸村は真田達との会話に混ざっていて、今ここには俺と夢のみ。
弁当をつつきながら「そう?」と首をかしげる。

たまに、俺の気持ちを知っていてたぶらかしてるんじゃないかと思う。
だが…そんなことができる女ではないと、短い付き合いの中でも俺は知っている。


「何でもないならため息なんてつかない方がいいんじゃないの?」
「そうじゃの。」
「あ、ねぇ、今日の夜ごはん何がいいかな。」


マンションの隣人。
そうなった日から俺はこいつの家で飯を食っている。
和食が好きな夢に合わせ、大抵はリクエストを聞くまでも無く煮魚や肉じゃがと言った和食になる。
たまにこうやって聞かれるのは…本当にネタ切れのときだけだ。


「そうじゃのぉ…麺類とかええの。」
「そうね…麺類……あ、スパゲッティとキノコ類の水煮があったからキノコの和風スパゲティにしようか。」


卵焼きを箸でつまみながら嬉しそうにそっと笑う夢。
俺は吹き出してしまった。


「ふっ…」
「?何よ。」


今度は俺とは対照的に顔をしかめる夢。


「結局和風、な。」
「いいじゃない、好きなんだもの。早く帰ってきなさいよね」
「了解。」


そして、また嬉しそうに笑う。
あぁ、やっぱりこのたまに見せる笑顔が…


好きだ、と思わせる。




「それでいい?」
「あぁ、」
「じゃあ決定ね。」


それから赤也やら丸井やらが俺達の会話に入ってきて…
それを邪魔と思いながら…それでも俺は、何と無く上機嫌で。


らしくも無い、と内心自身を笑いながら俺も昼食を続けた。





(君との会話が、俺の糧。)





- fin -



準熟年夫婦。←





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