prism(亮友情)


試合形式の練習。
ダビデ対亮ちゃんの試合で、亮ちゃんは綺麗にジャンプボレーを決めた。

そのまま綺麗に着地すると、後を追うようにこれまた綺麗な黒髪もすとん、と背中に落ちる。


「きゃー!亮くんカッコいいー!」
「こっち向いてー!」


…賑やかなギャラリー。
亮ちゃんはあからさまに顔をしかめてダビデとコートを出た。

本来なら…
うちのテニス部はこんなんじゃなかった。
ギャラリーと言えば予備軍で…今は予備軍の安全のために来るのを止めていた。

切っ掛けは…ファッション誌に、双子が揃って載ったこと。
「イケメン双子」は瞬く間に大人気になってしまって…
「かわかっこいい系」の兄と「きれいめかっこいい系」の弟って見出しには笑っちゃったけど…


「…やっぱあれ、断ればよかったし…」
「亮、ごり押しには弱いからね」
「それ言ってくれるなよ、サエ…」


部室に戻り、はぁ、と深くため息をつく亮ちゃん。
…確かに、幼馴染みの私から見ても2人は素敵だったしなぁ…。


「あっちゃんはどうなの?」
「淳の方も大変だって。まぁ、あっちは警備体制も良いだろうし、うちほどじゃねーだろ…」
「そっか」
「……あ、またシャーペン無くなってる」


筆入れの中を見ていた亮ちゃんが呟く。
…またって…?


「またって、どーゆーことだよ、亮」


私が思っていたことを、バネが口に出した。
亮ちゃんはため息をつきながら苦笑い。


「最近、よくものが無くなるんだ」
「無くなるって…盗られてるってことかい?」


サエの問いかけに、亮ちゃんは「あぁ、」と軽く頷いた。
それって…もしかしなくても…


「ストーカー…?」
「みたいな感じじゃねーの。」


私の声に、亮ちゃんは立ちあがりながらあっけらかんと答えた。
それからテニスバックを肩に掛けると、部室の出入り口と反対側の窓に向かった。


「みんな、迷惑かけてわりーな。俺、文房具屋行かなきゃだから。」
「…亮さん、1人で大丈夫?」
「……あのなダビデ、俺一応男だから。逆だったらやべーけど。」


そして亮ちゃんは窓から外に出た。
…出入り口には女の子たちが集まっているから…。


「…大丈夫かなぁ…」
「一応、先生たちも対策を考えていてくれてるらしいし、大丈夫じゃないかな。」


不安気な私にサエはほほ笑んだ。
私も曖昧に微笑み返しながら、亮ちゃんが去っていった窓を見つめた。






「…マジでいい加減にしてほしい…」
「え、どーしたの、亮さん。」
「最近淳と一緒に買ったリストバンド、盗られたっぽい。」
「マジで。」
「大マジだ。…あー、限定モデルだぞ、高かったんだぞバカヤロー」


シャーペン3本、ペットボトル4本、髪ゴムに至っては数え切れないほど。
そして今度はリストバンドと来た。

最初は特に何とも思っていなかったけれど…さすがにここまで来るといじめレベル。
しかも犯人は一組とか1人ではないだろうから更に厄介。
きっと誰かが俺のものだと自慢して、手口を暴露して蔓延してるんだろうとは踏んでいるけど。


「もう、鍵付きのカバンとかにしようと思う。」
「…カバンごと盗られそう。」
「うわー、冗談じゃねぇ…」


ダビデの馬鹿野郎。

昼はダビデの提案で屋上で食べることにした。
少々寒いけれど…しょうがない。
授業中はどうにかなるけど、休み時間はチャイムと同時にどこかしらに避難する。


「剣はモテモテだって羨ましがってたけど。」
「マジアイツ部活でぶっ飛ばす。」
「…それやったらさらに人気者になっちゃうかもよ?」
「あー…もうめんどくせぇー」


焼きそばパンを食べながら空を仰ぐ。
…と、学ランのポケットの中の携帯が鳴った。

サブディスプレイを見る。
電話の主は…双子の弟。


「もしもし、淳?」
『あ、亮!?ねぇ、観月がネットで見つけたんだけどさ…』
「ネット…?」
『うん。情報掲示板にね……』


次の淳の声に俺は思わず「はぁ!?」と叫んでしまった。
それと同時に立ちあがる。


「亮さん?」
「…ダビデ、夢知ってるか?」
「え…教室で友達と飯食ってるはず…」
「ちょっと行ってくる!」
「え?ちょっと!?」
「あいつがあぶねぇ!」


"木更津双子には女の幼馴染みがいる"
"名前は木川夢"
"彼女はマネージャーと言う立場を利用して、亮君を独占しようとしている"


情報が漏えいしたのは今日。
…それを見たら、絶対…。




「夢!いるか!?」
「きゃあ、亮くん!?」
「木更津くんよ!」


夢のクラスの扉を開いた瞬間に、女たちの叫び声。
俺はそれをスルーして、扉の一番近くにいた男を指さす。


「おい、お前。」
「え…俺?」
「夢はどこに行った。」
「え…あぁ、さっきなんか他のクラスの女子とどっかに行ったみたいだけど…」
「…チッ……ダビデ、探すぞ!」
「了解。みんなにも連絡しとく」
「あぁ!」






「ねぇ、あんた生意気よ。」


…旧体育館。
もうすぐ取り壊される立ち入り禁止のそこに私は連れて来られた。
相手は女子生徒6、7人くらい。…多分じゃなくても、亮ちゃんのファン。


「亮くんの幼馴染みな上にマネージャー…それで亮くんを誘惑してるんでしょ」
「私、そんなこと…」
「口答えするの!?」


パシン、と乾いた音が響くと同時に私は尻もちをついてしまう。
女の子たちの笑い声。
じん、と頬が熱く、痛くなる。


「あんたが悪いのよ。」
「そうよ、亮くんを独り占めしようとするから…」
「だから…私は…」
「まだ口答えする気!?」


1人の女の子が懐からカッターを取り出した。
刃を出して…私を見降ろす。


「顔に傷ができたら…亮くんもあんたなんか興味なくなるわよね」
「あー、それ名案!」
「や……」


カッターが上から勢いよく振り下される。
私は思わずギュッと目を閉じる。

…と、痛みはいつまでたっても来ないで、代わりに頬には温かい何か水みたいなものが垂れた。
その後、包み込むように優しく抱きしめられる。

私は驚いて、恐る恐る目を開く。



「…あ、あっちゃん!?」
「ごめん、ちょっと遅くなっちゃったね」


優しく微笑むあっちゃんが、私を抱きしめていてくれた。
あっちゃんの肩越しに見えるその黒髪は…


「亮、ちゃん…?」
「おー」


私をちらっと見ると、気の抜けた返事を返す。
それから視線はまっすぐ前に戻った。

あっちゃんが私の肩を抱くように亮ちゃんの方を見る。
…あっちゃんが視界から避けて、分かった。

亮ちゃんの手は、血で真っ赤に染まっていた。


「え……」
「な、なんで、亮くんがここに…」


他の女の子たちの声に、カッターを持っていた女の子の手がカッターを離した。
…そのカッターの刃を、亮ちゃんが右手でしっかり掴んでいて…

それを見ながら、女の子たちはそれぞれ後ろにゆっくり下がる。

私はハッとして自分の頬に触れた。
指先をみると…真っ赤な液体。

…亮ちゃんの、血…?


「てめぇら…ふざけんじゃねーぞ!」


亮ちゃんはカッターを地面に投げ捨てながら叫ぶ。
女の子たちはびくりと肩を震わせた。


「あのなぁ、別に夢は好きで俺達の幼馴染みに生まれてきたわけじゃねーし、マネだって俺が誘ってやってもらってんだよ。夢は何もしてねーのに、何で刃物まで向けられなきゃいけねーんだ!?」
「…だ、だって、その子は…」
「何かしたって言うのか?色仕掛け?んなもん、俺にされた覚えがなけりゃ意味ねーだろ!」
「……うっ…」


泣き始める女の子たち。
亮ちゃんはめんどくさそうにため息をついた。


「…別に好きになってもらうのはかまわねーけどさ…それで人傷つけんのとか、迷惑かけんのは間違ってんだろ。超痛ぇし。」
「……、ごめんな、さい……!」






その後、駆けつけた先生たちによって女子たちは連れて行かれた。
出入り口で見守っていたテニス部のみんなが旧体育館に入ってくる。


「よく間に合ったな」
「うん、亮に連絡入れながら移動してたから。」


俺に近づいてくる淳に「そうかよ」と笑う。
淳は苦笑いを浮かべながらポケットからハンカチを取り出した。


「いってー、死にそう。」
「元々貧血だからねー、亮。」
「いっ…キツイ、淳それ痛い!」
「止血だからしょうがないでしょ。…っと、みんな、こんな形だけど久しぶり。」
「おー淳、衝撃の出会いって感じだな」


苦笑いのバネは淳に手を挙げた。
淳の肩に手を回された俺は…さすがに貧血を感じざるを得ない。


「亮、ちゃん…」
「…お前、俺の血で顔すげーことになってる。」
「…もう、亮ちゃん…!」
「……ごめんな、怖い思いさせて…」


一生懸命笑ったつもりだったんだけど…
夢は泣きそうな顔になる。

あ…やべ、その顔すら歪んできた。


「…亮、おんぶにしようか…」
「……わり、淳……もう、意識が……」


もたねぇや、と言う言葉を残して俺はふっと眼を閉じた。

気を失う間際、夢の泣きそうな声が聞こえた気がした。









「いやー、久しぶり」
「亮ちゃん!」
「亮!」


久し振りに亮ちゃんが部室に現れた。
いっちゃんが亮ちゃんの鞄を持ってついてくる。


「サンキュ、いっちゃん。何か樺地みてーだな」
「亮の鞄持つときのフラフラ具合、見てられないのね」
「まだ右手使えないからなー」


包帯が巻かれた手を見て困ったように亮ちゃんは笑った。

…あのあと…

亮ちゃんはあっちゃんに背負われて保健室に行き、そこで止血だけしたあとに先生の車で病院に運ばれた。
思った以上に貧血が激しくて、何で救急車を呼ばなかったと双子そろって怒られたみたい。
亮ちゃんは栄養剤の点滴を打たれて3日くらい入院、退院しても安静が必要だったために1週間、学校に来なくて…

でも亮ちゃんが自宅療養してる間は、あっちゃんが常に亮ちゃんについていた。
具体的な内容はよく解らないけれど、聖ルド側には「それなりの」言い訳をしてきたらしい。


「あ、そう言えばちゃんと安静にして、無理せず治せばテニスできるらしいぜー」
「まぁそれは心配してなかったかな。テニスできない、なんて言われたら亮は不貞腐れて部室になんて来ないだろうから」
「…ムダやか…爽やかに黒いぞお前。」


久しぶりに学校に戻ってきた亮ちゃんの顔は…何だか前よりもすっきりしていた。

あの騒ぎの後…学校側も大きく動き、全校集会を開いて経緯を説明し、亮ちゃんファンの動きは急激に終息した。
最初はお見舞いも酷かったらしいけど…それもどうにか収まって…。

しばらく学校に来ていなかったこと、あっちゃんがそばにいてくれたことで安心できたのもあるだろうけど、久々の学校が本当に久々に平和だから…亮ちゃんは安心出来たんだと思う。


「亮ちゃん、おかえり」
「…あぁ、ただいま。」


亮ちゃんは優しく笑って、いつもの調子で私の頭を撫でた。


雑誌の中の2人も格好良かった。
でも、いつも十分、2人はかっこいい。
今は亮ちゃんしかいないけど…

葵くんにちょっかいをかける亮ちゃんを見て…


やっぱり、いつも通りが一番だなって…そう、思った。





- fin -




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