不器用なカレ。(日吉) 「あ、ひよしく…」 「何だ、夢…急いでいるんだが。急ぎか?」 「う、ううん!ごめん、呼びとめて…」 「いや…俺の方こそ悪い。じゃあ、また明日。」 気をつけて帰れよ、と私の頭を撫でて日吉くんはいそいそと教室を出ていってしまった。 …3年生が引退して、日吉くんがテニス部の部長になって… 前からも忙しい身だったのに、さらに忙しくなってしまった。 帰りも遅くなって…私に待たせるのは悪いからと、一緒にも帰れない。 …私は待っていたいんだけれど、遅いとやっぱり両親も心配するし。 …あぁ、寂しいなぁ…。 とぼとぼと1人、帰路につくために昇降口に向かう。 …と、見覚えのある姿に遭遇した。 その人も、私を見つけたようだ。 「夢ちゃん!」 「滝先輩…」 笑顔で私に向かって手を振る滝先輩。 滝先輩は…テニス部を引退した3年生で、私も見知った仲で… 知り合い、しかもテニス部関係者を見て私はこらえていた涙を遠慮なく流してしまった。 滝先輩があからさまにぎょっとする。 「夢ちゃん!?ど…どうしたの?」 「う…滝、せんぱ…っ」 私の元に駆け寄ってきた滝先輩。 私はその胸に思いっきり抱きついた。 「もう…どうしちゃったのさ、夢ちゃん…」 滝先輩は私を引き剥がすでもなく、やさしく背中をさすってくれた。 それから、場所を移動しようね、とエスコートしてくれる。 …そうか、ここ、昇降口だし… 私は黙って頷いて、滝先輩に従った。 たどり着いたのは保健室。 滝先輩はノックした後扉を開けた。 「よう滝、放課後にめずらし…って。お前、女泣かせたのか」 「ちょっと、変な言いがかりやめてほしいんだけど。俺じゃないよ」 「はぁ?じゃあ、誰だよ」 「…ほんと美人なのに口悪いよね。それを聞くためにここに来たんだけど。」 …どうやら、養護教諭の先生とは仲が良いみたいで。 滝先輩は苦笑い気味にやりとりしていた。 「…ま、どっちにしても私はいない方がいいか。」 「そうだね。」 「うっわ、どストレート。…おい、えっと…?」 「木川夢さん。若の彼女さんだよ」 「へぇ、日吉のヤローのな…。…っと、木川か。滝に何かされたら職員室に来いよ?私が滝をぶっ飛ばしてやるから」 「そんなことするわけないでしょ。…ごめんね、先生が…」 「じゃあ、私はカップ麺食べに行く。」 じゃあなー、と先生は豪快に笑って去っていった。 …美人なことは、確かなんだけど… 「保健室、もしかして初めて?」 「いえ…でも、先生に会ったのは初めてです。」 「…あの先生、良くサボって職員室でおやつ食べてるから。…まったく…」 保健室に入りながら滝先輩は先生の説明をしてくれた。 …豪快な人だなと思ったら、少し笑ってしまった。 それを見たのか、滝先輩も少し微笑んだ。 「やっと笑ってくれたね。…どうして泣いちゃったか、聞かせてくれるかな?」 保健室の冷蔵庫からパックのカフェオレを2つ出して、それを私に渡しながら滝先輩は私の顔を覗き込むように聞いた。 最初は遠慮したのだけれど、「俺のだから」と言われて裏面を見ると、「滝の。先生は飲むな!」と油性マジックで書かれていて…また笑ってしまった。 私はそれを受け取りながら、滝先輩を見つめた。 「…実は……」 「…簡単に言うと、若が以前以上に冷たくなったような気がする、と…」 「…はい…」 部活で忙しいのは分かってるけど…。 日吉くんは毎日部活に励んで…きっと、部長業にも励んで。 それが放課後だけじゃなくて、朝、昼休み…全部。 「そっか…そうだよね、夢ちゃんは寂しいのに、若は平気そうに部活とかしてたら不安にもなっちゃうよね…」 「……はい…」 んー…と、カフェオレのストローを加えて滝先輩は困ったように笑った。 …多分、やさしい滝先輩は私の気持ちを分かってくれている。 でも、元々テニス部が…部長業がどれほど忙しいかを跡部先輩のそばで見守ってきた滝先輩は日吉くんの気持ちも分かっている。 だからこそ、複雑な思いなんだと思う。 「今はね…とても難しい時期だと思うんだ。」 「難しい…時期?」 「そう。ただでさえ引き継ぎしたあとは大変なのに…前の部長はあんなだからさ。」 …氷帝生なら幼稚舎から大学部生まで知ってるであろう、跡部景吾先輩。 確かに日吉くんが担う前の部長は…あまりにも偉大すぎると思う。 「もちろん若も強いけどね。…でも、やっぱりまだ部をまとめるには足りないみたいなんだ。」 だから、練習も部長業も必要以上に頑張っちゃうみたい、と滝先輩は笑う。 …分かってる。頭では理解してるつもりなんだけど… 「…ごめんね、話聞くだけ聞いて言い訳するみたいで…」 「いえ…。滝先輩の口から聞いたら…何と無く、納得できそうです。」 …もう少し、あと少しがんばって… そしたらきっと… なんだかまた泣きそうになってきたのをこらえながら、私はなんとか笑顔を作った。 …でも、その顔を見た滝先輩は心配そうに顔をゆがめた。 滝先輩に「大丈夫です」と言おうとした、その時。 「夢!!」 私の名前が叫ばれたと同時に、保健室の扉が勢いよく開いた。 滝先輩は振り返り、私もそちらを見る。 「…若?」 「滝さん…何してるんですか」 そこには…息を切らせた日吉くんの姿。 日吉くんは私をちらっと見た後、滝先輩に詰め寄った。 「滝さん…夢に、何をしたんですか?どうして夢が泣いて貴方と一緒に保健室にいるんですか」 「…なに、若。俺のせいにしたいの?」 「ひよしく…っ」 私が止めに入ろうとすると、滝先輩はそれを制した。 私は動けないまま2人を見つめた。 「だって貴方と一緒にいて夢が泣いていたなら貴方のせいでしょう」 「何、それ。若は何も気付いてないって言うの?」 「は…?」 「夢ちゃんのことだよ。…本当は、気付いてるんでしょ?」 滝先輩の言葉に…日吉くんはわずかに目を泳がせた。 滝先輩はそれを見逃さなかったようで、大きくため息をついた。 「…イライラして、俺に八つ当たりするのは良いけど夢ちゃんに寂しい思いさせるのはやめなよ、若。」 「……。」 「若は…よく人を見ることができる子なんだから、一番身近な夢ちゃんの気持ち、分からないはずないでしょ?」 ポン、と滝先輩は日吉くんの肩を叩いた。 日吉くんは罰の悪そうな顔をして、滝先輩から視線を外した。 「じゃあ、俺は去るから。…あとは自分で解決しなね」 バイバイ、と手を振って滝先輩は本当に歩いて行ってしまった。 しばらく滝先輩の足音が聞こえてきたけれど、それも聞こえなくなって…保健室の中がしん、と静まりかえった。 「…日吉くん…」 「……悪い、夢…」 「え?」 思わず謝られて、私は驚いてしまう。 日吉くんは今まで伏せていた顔をあげて、私をまっすぐに見つめた。 …視線があったのも、久々な気がする…。 …日吉くん、ちょっと痩せたかな?少し、顔が疲れているような気がした。 「本当は…ずっと、気付いてたんだ。お前が寂しそうにしてること。」 「日吉くん…」 「でも…もし自惚れだったりしたら格好つかないし…忙しさにかまけて…」 日吉くんは一度言葉を切った。 そして「いや、」と続ける。 「…本当は、それほど忙しくなかったんだ。」 「え…?」 「忙しいフリをしてた。…格好ばかり気にしてる内に…夢にどう接していいか分からなくなった。」 …えっと、それって…つまり… 「日吉くんって…」 「……不器用なんだよ…っ」 今度は顔を真っ赤にしながら、私が言おうとしていたことを言ってしまう。 …しばらくの沈黙。 その沈黙を破ったのは、私の笑い声だった。 「ふっ…ふふ、そっかぁ…」 「あ、あんまり笑うなっ」 「だって…不器用って…あはは!」 私がここしばらく…寝ずに悩んでいたことが。 日吉くんの「不器用」と言う言葉1つで解決してしまった。 それくらい、私の中で日吉くんは大きな存在なんだろうな。 「じゃあ、解決だね」 「…ああ…」 「あとで、滝先輩に謝りに行かなきゃね」 「……はぁ、そうだな…」 …実は、滝先輩に対しての日吉くんのさっきの言動は…勘違いだけど、ちょっぴり嬉しかったりした。 だって…私を思ってくれてのことだから。 保健室から出ようとしたとき、日吉くんが私に手を伸ばしてきた。 その手に、手を重ねればぎゅっと握ってくれる。 「行くぞ」 「…うん!」 やっぱり不器用な日吉くんの横顔を見ながら、私は保健室を出た。 - fin - 柚月伊予さまからのキリリク\(^o^)/ 日吉がよくわからん。あいつ本当に不器用なんか?← 滝ポジションに最初は鳳を考えていたんだけど… えげつない黒くなってしまってやめた← 風呂で流れ考えてたら…そりゃもう鳥肌が立つくらい。そこで滝くん起用です。便利だな滝。 比較的爽やかにまとまったんじゃないかと思いますよ。 そして長い← 8000バイト弱…携帯で打てるギリギリです。 ゆずぽん、リクありがとう! 久々の夢らしい夢で楽しかったです。 タイトルがベタ過ぎるのは猛烈に反省してます。ごめんなさい。 おまけ↓ 「若に告げ口したの、先生でしょ」 ついでに俺のカフェオレ一本飲んだのも、と付け足すと先生は笑った。 「バレたか」 「当たり前。何で職員室に行った人が渡り廊下にいるの」 この渡り廊下は部室連に続いている。 …若が来て、半ば確信めいたものを感じて待ち伏せしてみればこれだ。 「だって面白くなりそうだったし」 「言い方があるでしょーが」 「ま、お前がここにいるってことは…どうにかなったんだろ?」 ニッと笑う先生に…俺はため息をつく。 …まぁ、きっとどうにかなったとは、思う。 「危うく俺は悪役だよ」 「滝が悪役!ウケる!」 「ウケんな!…ったく、思春期の中学生で遊ばないでよね。」 はいはい、と生返事をして先生は去っていった。 …今度からはオヤツも冷蔵庫に入れてやる。 今の時間を確認しようと思い携帯をポケットから取り出すと…新着メール1件。 …夢ちゃんからのそのメールに、1人満足げに微笑むと俺は踵を返して昇降口に向かった。 きっと来年も、だいじょうぶ。 |