あくまで知恵熱(天根)




「ダビデ、ダビデ」
「夢…何?」
「だっこ」


夢が俺に向かって手を伸ばす。
…普段はしっかりした先輩。
こう言う甘えたときは、何かあったときだ。

伸ばされた手を引いて、体をすっぽり包むように抱き締めた。
夢は俺に体を擦り寄せるように、抱き着いてきた。


「どったの、」
「んー」
「…眠いの?」


んー、と唸るだけの返事。
…どうしたんだろ。

…と、思った瞬間にふと、いつもと違う感覚を覚える。
なんか、熱い。


「…熱?」


額に手のひらを当ててみる。
…と、びっくりするくらい、熱い。


「ちょっ…夢、酷い熱…!」
「あー…知恵熱かなぁ」
「知恵熱って…」
「…亮ちゃん、どうしたら元気になってくれるかなぁって。」


淳さんが、東京の中学に転校した。聖ルドルフとか言うとこ。
それから、亮さんは元気がない。

…それで、悩んでいたんだと思う。

確かに亮さんの凹みっぷりと言うか…あからさまな空元気は目に余る。
前から、部員の中でもどうしようかと言う話が上がっていた。
…双子でダブルスしていたし。


「私じゃあっちゃんの代わりになれないみたいだし…」
「そりゃ無理でしょ。俺にも、バネさんにもサエさんにも無理。亮さんの中の淳さんは偉大すぎるくらいデカイから。」
「…だよねー…」
「…淳さんの穴を埋めようとするからダメなんじゃないの?」


俺の声に、夢は「え?」と顔を上げた。
俺はその顔を覗き込みながら、答えた。


「これからは、淳さんがいないのが当たり前なんだからさ…いなくても大丈夫って、分かってもらうとか。」
「…そっか…」


俺を見詰めて、なるほど、と小さく頷く。


「そんなこと…思い付かなかった」
「それくらい思い詰めてたんでしょ。ほら、休まないと」


抱き締めた体制から、ヒョイッと軽い体を抱き上げる。
…ここからそう遠くないし、このまま帰ろう。


「え…ダビデ、下ろして」
「何言ってんの?…このまま帰るから」
「…ちょ、ヒカルさん?」


あなたこそ何言ってんの?と夢は足をバタバタと動かした。
…力なんて入ってないくせに。


「いいから。」


ぶつぶつ文句を言う夢の目は虚ろ。
そんな彼女に笑いながら、2人分の荷物を腕に引っ掻けて帰路についた。






(知恵熱なんて病気はなくて、実は夏風邪をこじらせていました。)




- fin -





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