茜色の空に。(佐伯+亮友情)


「夢めっけ。」
「…亮ちゃん…」


物陰に隠れて泣いていたつもりが、亮ちゃんにすぐ見付かってしまった。
私の顔を見て、「不細工」とテッシュを差し出す亮ちゃん。


「そりゃあ、亮ちゃんみたいに可愛くないもん。」
「普通、男に可愛いは褒め言葉じゃねーぞ」


じゃあ何でツインテールが似合うんだ。
長い髪にこだわりながら、「邪魔」と称してさまざまな髪型を披露する亮ちゃんは…可愛い。
普段の服装も、中性的で、見た目にはどっちかわかんないくらい。


「で、泣き止んだ?」
「うん。」
「じゃあ、今度はお前がサエをあやしてこい。」


ポン、と背中を押される。
一歩前に出てから、訳がわからなくて振り返ると亮ちゃんは困ったように笑った。


「お前じゃなきゃ、アイツはダメなんだよ。」


全国大会で、負けた。
オジイが酷い怪我をして、私たちはサエの試合中に病院へ移動した。

サエは1人で戦って。
負けてしまった。

青学の人の話しによれば、酷いブーイングの中で、頑張って戦ったらしい。


「任せた」
「…うん。」


亮ちゃんは、いつものように携帯を開きながら私に背を向けて歩き出した。
…亮ちゃんだって、泣きそうじゃんか。

でもきっと、亮ちゃんはあの電話の相手…淳っちゃんに愚痴って、ボロ泣きするんだろうな。

ため息をついて笑いながら、私はサエのいるところへ走り出した。







「サエみっけ!」
「…夢…」


サエはいつも皆で遊んでいる海岸にいた。
夕日を見ているみたい。


「何だ、泣いてないの」
「夢は泣いてたんだね」
「…当たり前でしょ。悔しいもん」


誰よりみんなの側で、練習を見てきた。
みんなの悔しさが伝わってきて、私も悔しくて。


「俺たちの分も泣いてくれたんだろ?なら、俺は泣かない。」
「そう」
「…でも、」


突然、隣から肩を抱き寄せられる。
サエの表情は、読み取れない。


「サエ…?」
「言っとくけど、泣いてはいないから。…ただ、少しこのままで。」


私の髪にサエの顔が埋められる。
だから、表情は見えないけど、涙は流れてない。
でも、泣いてる。


「まったく、サエはしょうがないなぁ」


夕日を見詰めながら、私はサエの代わりに涙を流した。





「はよ」
「あ、おはよう、亮ちゃん」


昇降口で待っていたら、亮ちゃんは遅刻ギリギリでやっときた。
いつもは縛っている髪を、今日はおろしている。


「今日はツインテールじゃないの?」
「別に邪魔じゃないし。」

今日から部活ないからな、と亮ちゃんは笑った。
悲しむ訳でもなく、亮ちゃんは普通にそれを受け入れているようだった。


「サエ、どうだった?」
「ん、もう大丈夫だと思う。」


そう答えると、そうか、と安堵の表情。


「…亮ちゃん」
「何」
「亮ちゃんは、皆が好きなんだよね」
「…あぁ、そうだな」


パンッ、と上履きが地面に落ちる。
亮ちゃんは靴を履き替えながら、こっちを見た。


「ねぇ、本当に行っちゃうの?」
「……、誰から聞いたんだよ。」


だって、みんなは大会終わってからも部活に顔出してたのに、亮ちゃんだけ来ないから。
亮ちゃんは?ってサエに聞いたら、サエが教えてくれた。


「ねぇ、本当に行っちゃうの?」
「…何回も聞くなよ」


ぽん、と私の頭を軽く叩いて、くしゃりと髪を撫でた。
亮ちゃんの顔を見ると…困ったように笑っていた。


「んな顔すんな……俺だって、悩んだんだよ。」


…困らせて、しまった。
そうだ、亮ちゃんが…迷わずに決めたわけがない。

聖ルドルフに、…淳っちゃんの元に行く、と。


「亮ちゃん、ごめ…」
「謝んなよ。…ったく、調子狂うな……サエ!」
「うわ、気付いてたの」


イライラしたように亮ちゃんは頭を引っ掻きながら、サエの名前を呼んだ。
廊下の曲がり角の影から、サエが出てきた。


「サエ!」
「変な作戦使うなよな」
「でも、揺らいだでしょ?」


う、と小さく亮ちゃんは呟いた。
それから、長く溜め息をつく。


「性格悪いな、サエ」
「…揺るがせることは出来たけど、決心を変えさせることは無理か。」


私は訳が分からずに、ただ2人の顔を交互に比べ見た。
それに気付いた亮ちゃんは、説明をしてくれた。


「お前を利用して、俺を千葉に留めようとしたんだよ」
「へ?」
「俺たちの言葉には聞く耳を持たないからね、亮は。…夢には甘いでしょ?」
「…そゆこと」


まぁ…作戦成功とはいかなかったけど…。
何と無く、シン、と静まる。


「寂しいよ、亮ちゃん」


ポソッと、口からまた亮ちゃんを困らせてしまうようなことを溢してしまった。
サエが私の肩を抱いた。


「別に、会えるだろ。会おうと思えば、いつだって。」


亮ちゃんは、また困ったように笑いながら、校舎の奥に歩いて行った。






「…本当に、行っちゃうんだ」
「何でみんな知ってるんだよ…」


学校の近くの駅に、六角テニス部みんなが集まった。
サエに、あっちゃんからメールがあったらしい。

亮ちゃんの後ろで悪戯に微笑むあっちゃんの気配に気づいたらしい亮ちゃんが、振り返ってあっちゃんを睨んだ。


「何も言わないで行くなんて…酷いじゃないか、亮。」
「サエ…」
「そうだぜ亮!まさかお前まで行っちまうなんて…」
「ごめんバネ。…でも決めたこと、だから。」


亮ちゃんが肩に掛けていた荷物を、あっちゃんが持ち上げた。
あっちゃんに亮ちゃんは微笑んで、「余計なことを…」と呟いた。


「…これが、亮ちゃんの答えなんだよね」
「あぁ。」


亮ちゃんと過ごした日々を、思い出す。
亮ちゃんは、いつでも私の気持ちにすぐ気付いて…なんでも相談に乗ってくれた。
楽しくて、明るい日々だった。


「お前には、サエがいるだろ?」
「亮ちゃん」
「淳には、どうやらお兄ちゃんが必要みたいなんだよ」
「…それ、僕悪者みたいじゃん。」
「子供みたい、の間違いだろ」


笑い合う、似ているようで違う顔。
それで、やっと納得した。


「兄弟は一緒にいるべき、だよね」
「…あぁ、」


駅から、電車が到着するという案内放送が流れてくる。
亮ちゃんとあっちゃんが顔を見合わせて頷く。


「じゃあ、行くな」
「亮ちゃん…」
「関東大会で、会おうぜ」


笑って、私たちに背を向けた。
あっちゃんも笑って、亮ちゃんのあとを追っていった。






「…行っちゃったね…」
「…うん…」


帰り道、みんなと別れてサエと2人になった。
まだ、現実感がない。
明日になったら、また亮ちゃんが笑っているような気がして。


「ずっと、一緒にいれると思ってたのに。」
「…何だか失恋したみたいだね、木川」
「…んな!そんなわけないでしょ!私が好きなのは…」
「俺、でしょ?」


私の反応を見越してか、サエは余裕に微笑んだ。
…この男は。


「亮は女友達みたいなもんでしょ。」
「…言ったら怒られるけど…うん」


あはは、と顔を見合わせて笑う。
見た目に反して男気のある亮ちゃん。…女の子扱いしたら絶対ぶん殴られる。


「ちゃんと、県大会勝ってね、サエ」
「…あぁ、約束する」


サエは私の手を取って、約束してくれた。
また、亮ちゃんに会えることを。

茜色の空に誓って。




- fin -


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