恋のはじまり。(千石) 帰り道。 みんなそれぞれ帰路について、俺も携帯で明日の運勢を確認しながら歩いていた。 いつも通り抜ける公園に差し掛かる。 …と、見慣れた山吹の制服と、その子を囲む小学生。 みんなで同じ木を見上げている。 「何してるの?」 「…、千石くん!」 「あ、夢ちゃんだったのか。」 後ろ姿では気付かなかったけれど、彼女はクラスメートの木川夢ちゃんだった。 彼女は驚いた様子を見せながら、木の上を指差した。 「子猫が…降りられないみたいで…」 「子猫?」 夢ちゃんが指差す先を見てみる。 …と、確かに緑の中に白い影。 好奇心で登って、降りれなくなっちゃったみたいだね。 寂しげな鳴き声も聞こえてくる。 「夢ちゃん、ちょっと鞄持ってて?」 「え?」 携帯を鞄に突っ込んで、その鞄を夢ちゃんに渡す。 それから近くのアスレチックから、木によじ登った。 「千石くん…!危ないよ!?」 「でも助けなきゃ。可哀想だよ。」 あんなところに一人でいたら。 よいしょ、と登れば思ったより早く子猫と同じ高さまで来ることができた。 子猫に手を伸ばす。 「大丈夫だよ。」 少し俺を怖がる子猫。 後ろに下がれば落ちてしまう。 落ちないように、と首の皮をつまんで抱き寄せた。 …さっきまでは怖がっていたくせに、制服に必死にしがみついてる。 「はは、大丈夫みたいだよ」 「わかったから早く降りて来て!」 「うん、今降りるね」 少し必死な夢ちゃん。 いつもは大人しい子だから新鮮で。 「はい、助けたよ」 「ありがとうお兄ちゃん!」 寄ってきた小学生に渡せば、その子たちは夢ちゃんにもお礼を言って、走っていった。 俺はこっちをじっと見詰めている夢ちゃんの元へ寄る。 「あの、ありがとう、千石くん」 「いいえ、どういたしまして」 …俺のこと、苦手なのかな? 視線を下の方に泳がせている。 そして、ふと、視線が止まった。 「…!千石くん、手…」 「え?…あ、木の棘が刺さっちゃったみたいだね」 「大変!…えと、あっちに水道が…」 …無意識、なんだろう。 俺の手を取って、水道の方に歩き出す。 俺は思わずドキッとしてしまう。 (小さい手…柔らかいし、あったかい。) 何故か、伝わってくる温もりが、“愛しい”。 ふ、とその温もりが消える。 意識を現実に戻してみれば、夢ちゃんが俺の手から流れる血を洗い流していた。 「まだ、棘残ってるかな?」 「あ、それは大丈夫だと思うよ。」 そこまで酷い痛みはないから、これは嘘ではない。 水を止めて、彼女はポケットからハンカチを取り出して俺の手を拭いた。 すっかり血は止まったみたいだ。 「ありがと、夢ちゃん」 「ううん…あの、じゃあ…」 「夢ちゃん家、教えて?送らせてよ」 別れを告げようとする夢ちゃんの拭いていた手を、今度は俺が取る。 「一人じゃさみしいでしょ?」 すっかり水で冷えてしまった、君の温もりを感じたい。 もう少しだけ、一緒にいてみたい。 そんな、恋の、はじまり。 - fin - |