メリッサ(滝友情) 俺はメリッサ。 確かな種として存在するのに、香りは紛い物でしょう? ――…小さな部屋にレモンバームの、香りが弾けた。 「あ、」 「?」 滝さんと一緒に学校の花壇で植物の世話をしていると、滝さんが小さく声を上げた。 何気なく、滝さんの方を見る。 「これ、レモンバームの芽。」 「レモンバーム?」 「うん、ハーブの一種で…あぁ、ほら、こっちは大きくなってる。」 指でこすってご覧、と滝さんに葉っぱを渡される。 言われた通り、人差し指と親指でその葉っぱをこすってみれば、爽やかなレモンみたいな香りがする。 「わ、すごい!レモンみたいな香りがします!」 「ふふ、そうでしょ。虫除けにもなるから…いくつかそっちに芽を移しておこうか」 そっと芽を掘り起こす滝さんの表情が…横から見ると、何故か悲しげに見えた。 私は作業を手伝いながら、その表情を盗み見た。 「…メリッサかぁ…」 「滝さん?」 「あ、ごめんね」 ぽつり、と苦笑ぎみに放たれた一言はしっかり私の耳に届いていた。 滝さんは私に視線をずらす。 「レモンバームって、学名がメリッサって言うんだ」 「そうなんですか」 「そう。…レモンバーム見てるとさ、何かこう…無性に悲しくなると言うか…」 レモンバームの芽の根をまた土に埋めながら、滝さんは目を伏せた。 「…所詮、その香りは偽者なんだよね」 は、と顔を上げる。 そこには滝さんの悲し気な表情があった。 「準レギュラーなのに図々しくみんなと一緒にいたりしてさ。…紛い物の極みだよね、俺も。」 いつも皆と明るく接して、皆のために誰よりも一生懸命な滝さん。 …そんなことを思っていたなんて、想像もしてなかった。 「…あ、ごめんね!こんな話。…さて、花壇の手入れも終わったし、部活行こうかな」 立ち上がって一回伸びをすると、滝さんはじゃあね、と手を振っていなくなってしまった。 滝さんがいなくなった後でも、まだ微かにレモンバームが香っていた。 「…萩がそんなことをな…」 「うん」 私がしばらくボーッと突っ立っていると、そこにがっくんがやってきた。 がっくん…向日岳人は私の幼馴染み。 2人でベンチに座って、さっきまでの話をする。 「んー、萩って物事難しく考えすぎだよな」 「そう…かも。」 「常識以上の知識を身に付けすぎてるってゆーか。」 だから、悩みが私たちの手の届かない、深いところに出来てしまう。 滝さんが大好きな私たちにとってそれは、すごく悲しい溝で。 「…なぁ」 「ん?」 「夢が簡単に考えた結果を萩に言ってみたらいいんじゃね?」 「簡単に考えた結果…?」 がっくんを見ながら、滝さんのことを考える。 …私が思う、滝さん…。 「…がっくん!」 「おう」 「テニス部の部室行こう!」 「おう!」 走りながらも考える。 私が…私たちが考える、滝さん。 それは紛い物でも、偽物でも何でもない。 「滝さん!」 「夢ちゃん、岳人?」 がっくんが扉を開けると同時に、私は叫んだ。 もちろん他に跡部さんや忍足さんもいたけど。 でも、そんなことを気にしている場合じゃなくて。 「滝さんは…紛い物なんかじゃありません!」 「…、」 「滝さんは…ここにいるみんなにとって必要で、大切で…」 息が切れてうまく喋れない。 でも、伝わってほしいから。 うつ向きながら、話し続ける。 「私にとっても、滝さんは…」 「夢ちゃん」 話し掛けられて、顔を上げる。 いつの間にか、私の目の前に来ていた滝さん。 「…ごめんね」 ギュッと抱き寄せられた。 私は思わず泣きそうになってしまう。 滝さんが、泣きそうな顔して、笑うから。 「俺の不安が、君に移っちゃったね。…夢ちゃんは優しいから…」 「たきさ…」 「ありがとう、」 嬉しい、と滝さんは笑いながら言う。 …もう、私の涙腺は歯止めを効かずにボロボロと涙を溢した。 「…ったく、萩之介が何をまた難しく考えてたかは知らねぇが、俺らにとっちゃ、萩之介は萩之介として必要だ。」 「そーだよ!萩ちゃんがいないなら俺も部活やめるC!」 跡部さんが私と滝さんの頭をくしゃ、と撫でると、芥川さんはまとめて抱きついてきた。 滝さんは、驚きながら心底嬉しそうに微笑んだ。 「女を泣かせた責任は重大だな」 と言う跡部さんの言葉で、滝さんは私を家まで送ってくれることになった。 制服に着替えた滝さんは、ジャージのときと微妙に印象が違って何だか新鮮。 「うーん、今日はごめんって言えばいいのか、ありがとうって言えばいいのか」 家の前。 別れる前に、滝さんが苦笑した。 滝さんは綺麗な指先で私の目の少し下に触れて、明日腫れなきゃいいんだけど、と小さく呟く。 私は「大丈夫ですよ」と笑った。 「滝さん」 「ん?」 「…私は、ごめん、よりありがとうのほうが嬉しいです。」 私の言葉に、一瞬滝さんはきょとん、とする。 そして、 「ありがとう、夢ちゃん」 …と、笑って言ってくれた。 「確かに少し周りの目は怖いけど…俺には、レギュラーのみんなと夢ちゃんがいるから」 大丈夫だよね?と笑う滝さんに、私も笑顔で頷いた。 「あの、送っていただいてありがとうございました」 「ううん。俺こそ、ありがとね。…じゃあ、また明日」 「はい!また明日!」 バイバイ、と手を振って滝さんは行ってしまった。 滝さんが見えなくなるまで、見送る。 家に入ろうとしたとき、ふと、庭の隅っこに生えている緑が鮮やかな葉っぱを見付ける。 何と無く気になって、近付いてみる。 「あ…、」 レモンバーム、だ。 近づくだけで爽やかな香りが立ち込める。 それが、他の人を惹き付ける、滝さんの魅力に似ている気がして。 あなたはメリッサ。 不思議な魅力を放って、みんなにとって大切な存在。 ――…小さなココロにレモンバームの、香りが弾けた。 - fin - |