近くて遠い(跡部) 「跡部」 「あん?」 「私さ、結婚するなら跡部とがいいなー」 キャンディの棒を投げ捨てながら、萩は笑った。 生徒会室。周りには誰もいない。 俺とは向かい合わせのソファーに座り、俺の作業をただ見ていただけの萩。 前触れ無くそんな話をするのにはさすがに驚いて顔を上げたが、その笑顔を見て視線を戻す。 萩の情緒不安定。 …こういうときは、ただひたすら聞いて原因を探るに限る。 「何言い出すんだ、萩。」 「そう思っただけ。…ね、跡部、私を嫁にもらってよ」 シャーペンを走らせていた俺の手首を掴んで、萩はまた笑った。 俺は少し萩を見る。 「…そうだな、料理も出来るし、綺麗好き…悪くないかもな。」 「でしょ?」 「あぁ」 相槌を打てば、萩は微妙に表情を変えた。 その変化を、俺は見逃さない。 「何があった、萩」 「…ん?」 綺麗な指先に少し触れる。 萩はその指先を見つめて答えた。 「結婚しなきゃなんだって。」 「は?」 「…相当な格式の家柄の御曹司様と。」 年齢の問題があるからまだ婚約段階。 高校を卒業したら、と言う話らしい。 「私、結婚したくない。」 「萩」 「するなら、跡部とが良いよ…」 ボロボロと涙をこぼして、指を握り込む萩。 力のあまり、手のひらに爪が食い込んでいる様が甲から見てもわかる。 「萩…」 「跡部、私、跡部が大好きだよ。やっと気付いた。でも、気付いたときにはもう…」 自分を追い詰めるように言葉を紡ぐ萩の握られた手に手を重ねる。 重ねた手を素早く引いて、抱き締めた。 「あとべ…?」 「まだ、遅かねぇよ」 細くて、すぐ折れてしまいそうな体。 包み込めば、すぐに手中に収まった。 「まだ結婚してないだろ?」 「でも…」 「…たまには、『跡部』も役に立つな」 俺が呟いた言葉に、萩は顔を上げた。 俺は萩の髪を撫でる。 「格式なんざ、跡部に敵うもんじゃねぇだろ?」 「跡部…?」 「お前は俺と結婚するんだ、萩。」 頬に手を添える。 伝ってきた涙に舌を這わせて、そのまま流れで深く、口付ける。 付き合っているわけじゃない。 ただ互いに惹かれあっているのは知っていた。 忙しさにかまけて、放置していた感情。 だから正直、さっき「結婚しなきゃ」と言った萩には驚いた。 やられた、と思った。 だが、まだ萩が俺を好いてくれているとなれば…話は違う。 「萩はイチゴ味なんだな」 「飴だよ」 「…今更初めてのキスなんて、変な感じだな。」 「…そうだね」 飽きるくらい、誰よりも支え合って一緒に生きてきたのに。 こうして萩に触れるのは、初めてだった。 「ねぇ、本当に…」 「結婚してくれ、萩…。」 「…うん!」 その萩の笑顔ごと、優しく包み込むように抱き締めた。 (やっと手に入れた。) - fin - |