たまにはこんな。 「お、きみは確か伊武の…夢だったな」 「橘さん…こんにちは」 「あぁ。…こんなところで、雨宿りか?」 「はい」 私は、昇降口にたたずんでいる。 傘は持って来なかった。 雨が降るなんて思ってなかったから。 深司は部活だし、どうしようと思っていたところにやってきたのは橘さん。 …橘さんは引退したんだっけ。 時折見てはいるみたいだけど。 「しかし…このままここにいたら寒くないか?」 「少し…」 「…よし、少し走れるか?生憎俺も傘は持ってないんだが、家が近くなんだ。伊武も桜井も場所は知ってるから、迎えに来てもらうようにしよう」 「え…でも…」 悪いです、と言ったら橘さんは優しく笑った。 「後輩の妹だって俺の大事な仲間だ。さぁ、走るぞ!」 そう言う橘さんに手を引かれ、私は雨の中に飛び出した。 ちょうど小降りになったところで、あまり濡れずに橘さんの家に着いた。 …本当に近い。 「ただいま!杏、いるか?」 「おかえり兄さん…って、夢ちゃん?」 「お邪魔します…」 「あまり濡れずには済んだが…一応タオルを貸してやってくれ」 杏ちゃんは橘さんの言葉に頷くと、部屋の奥に進んでいった。 橘さんに指定された方へ進むと、そこはリビングのようだった。 橘さんのイメージから和室かと思ったら、いたって洋風な作り。 「お待たせ。髪、よく拭いてね」 「ありがとう」 杏ちゃんからタオルを受け取って、結ってある髪をほどいた。 杏ちゃんはそれを見て、目を丸くする。 「…杏ちゃん?」 「あ、ああ、ごめんね!髪の毛おろすとほんと伊武くんの女の子バージョンって感じね」 「…そうかなぁ?」 「あ、兄さん!ちょっと見てよ!」 階段から降りてきた橘さんを杏ちゃんが呼ぶ。 私も橘さんの方を見ると、橘さんまで少し目を見開いた。 「ほう、こうなると本当に兄妹だな。」 「うちとは大違いね!」 「うちはそれぞれ父さんと母さんに似たからな…。夢、今暖かいココアをいれよう」 「あ、お気遣いなく…」 橘さんは遠慮するな、と微笑んでダイニングキッチンへ入って行った。 杏ちゃんも遠慮しないで?と頷く。 「兄さんのココア、美味しいわよ?」 「…うん」 それから1時間くらい、橘さんと杏ちゃんは私の相手をしていてくれた。 部活での深司の様子と家での違いとか…桜井さんの話しとか。 その話をしているときに、チャイムが鳴った。 はーい、と杏ちゃんが玄関に走った。 「夢ちゃん!迎えに来たぜ!」 「アキラくん…?」 後ろからぎゅっとアキラくんに抱き締められる。 あとから深司も入ってきた。 「待たせてごめんね、夢。…橘さんも杏ちゃんも…お世話になりました。」 ペコッと頭を下げる深司に合わせて、私も慌ててアキラくんごと頭を下げた。 「今日は俺も深司の家に泊まるんです!」 「…何だか賑やかになりそうだな。神尾、親御さんにあまり迷惑かけるなよ」 「はい!」 …そうだったのか。 だから一緒に迎えに来てくれたんだね。 「じゃあ、気を付けて帰れよ」 「はい!」 「…失礼します」 それぞれ挨拶して、玄関に向かう。 「またいつでも遊びに来てね、夢ちゃん」 「うん、ありがと、杏ちゃん。」 じゃあ、とまた橘さんにお辞儀して、私たちは橘家を出た。 「…どんな話したの?」 「ないしょ、」 「えぇー、気になるなー」 聞かれると思った、と少し笑って私は2人の1歩前を歩いた。 ま、大した話はしてないんだけど、何となく、ね。 - fin - |