雨と恋は突然に。


それは突然のことだった。






「すごい雨やなぁ、」
「そうですね」
「お嬢ちゃん、大丈夫か?」


大丈夫です、と雨宿りさせて貰った八百屋さんに向かって笑う。
…大丈夫、だけどどうやって帰ろうかな。

家まではまだしばらく歩かなくてはいけない。
でも傘なんて持ってきてなくて。

しばらく、灰色の雲を見上げながら考える。
どうしよう。


「木川?何しとんねん。」
「あ、財前くん」


空を見上げていると、声をかけられた。
クラスメートの財前くん。黒い傘をさして…、すでに私服に着替えている。


「雨宿りだよ。財前くんは?」
「俺?俺は大根買いに。…おばちゃん、大根一本。」
「はいよ」


財前くんが買い物を済ませている様子を何と無く見ている。
…近所なのかな。


「あ、あとついでにコイツ連れてくわ」
「……へ?」
「それがええ。いつまでもそないなとこおったら、お嬢ちゃん風邪ひいてしまうわ」
「ほな、おおきにな。行くで。」
「え…、えぇ!?」


ばん、と開いたジャンプ傘の中に引き摺り込まれる。


「財前くん!?」
「俺ん家、すぐそこやねん。雨宿りくらいしてけって」


すぐそこ、と言って連れて行かれた先は…確かにすぐそこ、だった。
多分200メートルくらい。
財前、と書かれた表札の家に入っていく。


「ただいまー」
「おかえり大根…や、なくて、あら?光の彼女?」
「自分の息子に向かって大根って何やねん。クラスメートや」
「こんにちはっ!」


ヘコッと取り合えず頭を下げる。
財前くんが経緯を説明すると、財前くんのお母さんはゆっくりしてってなぁと奥に消えてしまった。
私はこっち、と着いてくるように言う財前くんの後を追う。


「取り合えず飲み物やな。オレンジとウーロン、どっちがえぇ?」
「え…じゃ、じゃあお茶を…」
「りょーかい。その辺座っとって。」


その辺ってどこですか…!?
財前くんが出ていってしまったあと、何と無く部屋をキョロキョロと見渡してしまう。
シンプルな家具で統一された、男の子らしい部屋。
…男の子部屋なんて入ったのはじめてだけど。

その一角に、少しにぎやかな場所がある。
賞状とか、トロフィー…それに、写真。
そう言えば、財前くんってテニス部だったっけ。

思わず近くに寄って、写真をまじまじと見てしまう。
端っこに写った苦笑いの財前くんは…楽しそうに見える。


「熱心やな、木川」
「ざ…ざざ財前くんっ」
「みんなアホみたいな顔しとるやろ?これ以外、先輩やねん。」


これ、と豹柄のタンクトップ(…どこに売ってるのかな?)を着た子を指差す。
ってことは、財前くんとこの子以外は3年生なのか。


「青春っぽくて、いいと思うよ?」
「青春ねぇ」
「うん。財前くんも楽しそうだし」


先輩たちを見て苦笑いの財前くんが楽しそうに見えるのはおかしいかも知れないけど…私には確かに楽しそうに見える。
財前くんはだんまりしてしまって、私は恐る恐る後ろにいる財前くんを見た。


「これで楽しそうに見えるなんて、お前は変な子やな」
「そう、かな?」
「あぁ。…なんや、見透かされてるみたいや」


見透かされる?
何で、と聞こうとしたらウーロン茶を渡された。


「そんな子は、はじめてやで」


そう言って笑う、財前くん。
何故か、その照れたような笑顔に胸が高鳴った。


「ほれ、取り合えず座っとき。雨止むまで、のんびりしよ」
「…うん。」


…こんなに優しくされて、心臓持つかな?
有り得ないことを危惧しながら、私は財前くんの向かい側に座った。


それが、突然の雨と共にやってきた、恋の始まり。





- fin -




(あんとき俺は気、あったで?)
(え…)
(じゃなきゃ、大根なんか買いに行かへんわ)
(…偶然って…)
(嘘に決まっとるやん。家から見とった。)
(え…えぇー!)




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