微笑むきみ。



「おい、木川!」
「…何、跡部」


ミンミン騒いでいる蝉の声。
入ってくるなり叫ぶ跡部。

…こんなののどこが良くてみんなファンクラブとか作るんだろ、と思う。
跡部をこんなの扱いするのが珍しかったらしく、何故か跡部と文化委員長に気に入られ、副会長をさせられている。


「伝票が足りなくなった。買ってこい」
「何で私が…」
「副会長だろ」
「副会長だけど?」


そんなのは理由にならないでしょ、と突き放す。
跡部は明らかな舌打ちをする。


「いいから、行けよ。おい、樺地、お前も行け」
「…ウス」


どこからか樺地くんが出てくる。
樺地くんは私の後ろに移動した。









「…ったく…」


樺地がいるならいいだろう、と別な買い物まで頼まれてそれを済ませた帰り。
私は荷物の極一部を持つだけで、ほとんどのものは樺地くんが持っていた。
特に重そうにする様子もなく…むしろ軽々と持ち上げている。


「…すごいねぇ、樺地くん」


あの跡部の幼馴染みとは思えないくらい、働き者だし。
いつも感心してしまう。

しかも、力持ちな上に、彼は優しい。自分より、他人を優先することがまるで当たり前のようで。


「…あ…」


ふと、通りかかった公園。
小さな女の子が、子供たちの輪から離れて木を見上げているのを見付けた。
私は樺地くんにそこで待っているように言って、女の子に駆け寄った。


「どうしたの?」
「あ…」


急に声をかけられて、びっくりしているようだ。
大丈夫だよ、と言えば、女の子は木の上を指差した。


「みーちゃんが、降りて来られなくなっちゃったの…!」
「みーちゃん…?…あ…!」


木の上に、三毛猫。
まだ小さいその猫はみぃみぃ鳴いている。


「…ちょっと待っててね。樺地くん!」
「ウス」


樺地くんが近づいてくる。
私は樺地くんに、「この子をお願いね」と女の子と私が持っていた荷物を任せる。

それから、木の近くにあったジャングルジムに登る。
その行動で、私が何をするのか分かったらしい樺地くんは一歩前に出た。


「…、夢さん、危ない、です」
「大丈夫だよ。よっ、と」


木に移って、猫のいる場所を確認する。
幸い、そこまで高いところにはいない。


「おいで、みーちゃん」
「…みぃ」
「よし、いいこいいこ…」


人に慣れているらしい猫は、私が手を伸ばすとすぐにこちらに歩いてきてくれた。
その体をサッと掴んで、抱き締める。


「みぃ」
「よし…ちょっと離れてー!」


樺地くんたちに向かって叫ぶ。
高さは2メートルほど。

樺地くんは女の子を連れて、数歩下がった。


「よ……っと!」


下がったのを確認して、私は地面に飛び降りた。
すぐに樺地くんたちが駆け寄ってくる。


「はい、無事だったよ」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「いーえ!」


女の子は猫を受け取ると、走って去っていった。
私はその背を見送る。


「ふぅ、ごめんね、かば…」
「あまり、無茶しないでください」


いつもとは違う、厳しい口調。
私は思わず固まってしまった。


「あの……ごめん、ね?」


謝るしか、なくなってしまう。
そんなに、心配をかけてしまうとは思わなくて。

今まで私が持っていた分の荷物すら持たせて貰えず、そのまま帰路についた。


「…お優しい、ですね」
「え?」
「だから…危険を危険と思わず、行動できたんだと思います…」


思わず樺地くんの顔を見てしまう。
樺地くんは珍しく、優しく微笑んでいた。


「そう、かな」
「ウス」
「…ありがとう」
「…でも、無茶はしないでください」
「うん」



学校についたあと、木に登ったときに刺さってしまったらしい、掌の木のトゲが跡部に見つかってしまい、跡部に怒られながら樺地くんに手当てをしてもらった。
跡部と私のやりとりを聞きながら、樺地くんが少し微笑んでいるのを私は初めて目撃した。




- fin -



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