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花金という言葉は今や死語になってしまったが、それでも土日休みの人間にとって金曜日が解放感に満ちた日であることに変わりはない。

今日は仕事帰りにデパ地下にでも寄ろうかな。
美味しそうなケーキ達が頭の中に浮かぶ。
たまには自分にご褒美をあげても良いはずだ。
うん、そうしよう。

「苗字、お前今日残業な。今朝出したプロジェクトの報告書、残って最初からやり直せ」

尾形係長は鬼だ。


  * *

「頑張って、なまえ」

「大丈夫。今日中には終わるよ!」

同僚達が口々に励ましてくれるが、その足取りは軽い。
当たり前だ。彼女達は定時で帰れるのだから。
今日は金曜日ということで合コンの約束を入れてしまったからと、申し訳なさそうに言われて納得してしまった。
それはそうだよなと思う。
私だってデパ地下巡りしようと思っていたし。
やっぱり金曜日は特別な日なんだ。
その特別な日に一人残業に取り組む私…。
いや、一人じゃなかった。
出来上がりをチェックするからと尾形係長も一緒に残っているんだった。
いまも、自分の席からじっと私のことを見ている。
現実がつらすぎて、つい見なかったことにしてしまった。

「今日中に出来なかったらお持ち帰りしてやるからな」

「セ、セクハラ!」

「嫌ならさっさと仕上げろ」

実は一度完成させて尾形係長のデスクに持って行ったのだが、あっさり再度のやり直しを命じられてしまったのだった。
不備を指摘する尾形係長の言葉は、まるで狙撃されているように私の心を撃ち抜く。
ヘッドショットをされないだけましかもしれないが。

そうこうする内にどんどん時間が過ぎていく。
私は涙ぐみながらパソコンに向かい、必死にキーボードで文字を打ち込んだ。

「そこ、間違えてるぞ」

いつの間にか側に来ていた尾形係長が画面を指差して言った。
突然のことにぱちぱちと目を瞬かせる。

「ここも文章直せ。これじゃ伝わりにくい」

「は、はいッ」

どうやら尾形係長直々にご指導してくれるらしい。
その後は、傍らに立つ尾形係長に悪い部分をびしびし指摘されながら、何とか報告書を仕上げた。

「で…出来た…」

「ああ、良くやったな」

尾形係長が報告書を自分のデスクでチェックし始めたのを見て、安堵の溜め息をつく。
やっと終わった。
物凄く長い時間がかかった気がしたが、まだ二時間くらいしか経っていなかった。

「ほら、食えよ」

尾形係長が私のデスクの上にビニール袋に入った何かを置いた。

「コンビニスイーツで悪いがな」

「えっ、えっ?」

「ケーキ食いたかったんだろ」

「ど、どうして…」

「顔を見ればわかる」

一目でそんなことがわかるって、私はどんな顔をしていたんだろう。

「ふ……」

ぺたぺたと手で顔を触っていたら、尾形係長に笑われてしまった。

「それ食ったら家まで送ってやる」

「いえ、そんなッ」

「それとも俺の家がいいか?いいぜ。明日から休みだしな、たっぷり可愛がってやる」

「ふ、ふえぇ…!」

誤魔化すために急いでケーキを食べ始めた私を、尾形係長はおかしそうに笑って見ていた。

優しいのか、怖いのかわからない人だ。

だから、時々、ついうっかり心を許してしまいそうになる。

「なんで他の連中を先に帰してから残業させたか?二人きりになるために決まってるだろ」

前言撤回。
尾形係長はやっぱり鬼だ。


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