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あんこう鍋を食べに行った帰りに自宅まで送ってもらって以来、尾形係長は度々私の家を訪れるようになった。

時折ふらりと現れては、炬燵でのんびり寛いだり、ご飯を食べたりして帰って行くその様子はまるで縄張りを巡回しにきた猫のようで、どうしてか追い出そうという気になれないのだった。

「えっと、牛乳は…」

「これだろ、特濃4.5」

横から伸びてきた手が棚から牛乳を取って、私が持っていたカゴに入れる。
尾形係長だった。

「な、なんでいつもこれを買ってるってわかったんですか?」

「お前のことなら何でも知ってる」

「ひぇっ…!」

「おい、引くな」

これで引くなというほうが無理があると思う。
そもそも、私の自宅近くのスーパーに何故尾形係長がいるのだろうか。

「どうしてここに…」

「お前を尾行してきたに決まってるだろ」

「おまわりさんッ!」

私にとっては切実な悩みであるのに、他人からすると仲の良い男女がちちくりあっているように見えるらしい。
ショックだ。

「あらあら、男前な彼氏ねえ」

「どうも。いつもなまえがお世話になっています」

顔見知りのレジ係のおばちゃんにまで恋仲だと勘違いされてしまって、もうどうすればいいのかわからない。

「帰るぞ、なまえ」

当たり前のように会計を済ませてしまった尾形係長は、これまた当たり前のような顔をして片手に買い物袋を持ち、もう片手にはしっかり私の手を握って、私の自宅に向かって歩いていく。

「あの、お金ッ」

「いらん。その代わり、飯食わせろよ」

「わ、わかりました」

最初からそのつもりだったのだろうか、尾形係長は私の自宅に着くと、当然の如く洗面所で手を洗い、もはや定位置と化した炬燵の一角に陣取って私をジッと見た。

はいはい、すぐにご飯の支度しますからね。

半ば投げやりにそう思いながら手を洗って買い物袋の中身を冷蔵庫にしまい、料理に取りかかる。

その間ずっと尾形係長の視線を感じていて落ち着かなかった。

「なあ、裸エプロンで飯作れよ。そのほうがそそられる」

「な、なに言ってるんですか!いやですよ!」

「ハ、男のロマンってやつがわかってねえな」

「わからないし脱ぎませんッ」

「…チッ」

恨めしげに舌打ちすると、尾形係長はテーブルの上に置かれていた蜜柑を剥いて食べ始めた。

「次は脱がせるからな」

もう尾形係長が何を考えているのか全くわからない。

これじゃあ、まるでおうちデートみたいじゃないですかと言いたくなるのをグッと堪えて、私は手早く料理を作り終えた。

さっさと食べさせてさっさと帰って貰おう。

「尾形係長、出来ました」

「ああ」

料理をテーブルに運ぶと、相変わらず炬燵にはまったままの尾形係長が見上げてきた。

「その他人行儀な呼び方、何とかしろよ」

「えっ」

「二人でいる時は百之助でいい」

「えっ、いやです」

「ハァ?なんでだよ」

不貞腐れたような顔を浮かべた尾形係長がグイと私を引き寄せた。
逞しい腕が腰に巻き付けられ、私のお腹にぐりぐりと顔を擦り付けてくる。

「きゃっ!?」

グッと鼻先がお腹に押し付けられ、そのまま動きを止めた尾形係長がはぁと溜め息をついた。
温かい吐息をお腹にはきかけられてゾクッとする。

「外堀から埋めて行こうと思ってたが…鈍すぎるんだよ、お前」

「な、な、」

「早く俺の女になれ」

「ええっ!?」

「いい加減、抱かせろ」

「ふえぇ…!」

尾形係長を突き飛ばして逃げ出した私は絶対に悪くない。

しばらくして部屋に戻って来たら、料理は綺麗に食べ終えて皿も洗われていて、尾形係長の姿はなかった。

「美味かったぜ、ご馳走さん。次はそう簡単に逃げられると思うなよ」と書かれたメモだけ残して。

尾形係長がいなくなったせいか、部屋の中が何だか肌寒く感じられる。

私はモヤモヤする気持ちに蓋をして脱衣所に向かった。
熱いシャワーでも浴びて気分を切り替えよう。

ほんの少しでも寂しいなんて感じてしまったのは、きっと気のせいに違いない。


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