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今日は珍しく残業で遅くなってしまった。

うちの部署は部長の方針で残業は推奨されていない。
なるべく就業時間内に片付けるべしというのが部長の持論だ。
しかし、何事にも例外は存在する。
今日は皆新規のプロジェクトにかかりきりで忙しく、普段の業務にまで手が回らなかったのだ。

「苗字さん、いま帰り?」

急いで帰ろうと後片付けをしていたら、同じく残っていた同僚男性に話しかけられた。
この人、強引でちょっと苦手なんだよなあ。

「良かったら一緒に飯行かないか?俺、奢るからさ」

「えっと…」

「苗字、終わったか」

「あ、尾形係長」

「帰るんだろ。送ってやる」

いつもは恐怖の対象である尾形係長が救いの神に見えた。

「ありがとうございます。お願いします」

「お前も早く帰れよ」

「は、はい」

すごすごと引き下がった同僚男性が去って行ったのを見てほっとする。
しかし、これから尾形係長と二人きりで車に乗らなければならないという試練が待ち構えている。

「行くぞ」

「は…はい」

「そうビクビクするなよ。興奮するだろ」

「ヒッ」

「安心しろ。疲れてるやつをとって食ったりはしねえよ」

疲れていなければとって食うつもりだったのだろうか。こわい。

尾形係長と一緒にエレベーターに乗り込み、地下の駐車場まで降りる。

「なあ、なまえ」

止めてあった車まで歩いて行って助手席のドアを開けながら尾形係長が言った。

「夏休みは何処に行く?飯の美味いオーベルジュにするか?」

どうして夏休みを尾形係長と過ごすこと前提で話しているのだろうか。
しかも泊まりがけの予定で。こわい。

「夏休みは実家に帰省する予定で……」

「そうだな。いずれはお前の親に挨拶に行かねえとな」

「ふえぇ…!」

話が通じないよお!

その後、自宅に着くまで『果てしなく続く俺とお前のウェディングロード』について延々と聞かされて遠い目になったのは言うまでもない。


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