いま私の前にはバナナケーキのお皿がある。 それだけではない。 三段あるプレートには、それぞれ、色とりどりのフルーツが乗ったケーキに、スコーン、サンドイッチが盛りつけられていた。 そして、紅茶のティーポットとティーカップ。 いわゆるアフタヌーンティーである。 今日は朝から大変だった。 飛行機で移動して現地に到着したと思ったら、ホテルに荷物を置いてすぐに最近立ち上げたばかりの新部署へ。 鯉登係長のサポートをしつつ、仕事の様子を見学して回り、お昼になったら打ち合わせを兼ねた会食が始まった。 もちろんゆっくり食事をしている暇はない。 矢継ぎ早に繰り出される質問に鯉登係長が答えている間、議事録をとり続けることに。 午後は最新鋭の機器を使った工場見学。 それが終わる頃には完全に力尽きていた。 そんな私を見かねた鯉登係長が、アフタヌーンティーに誘って下さったのだ。 「今日は付き合わせてすまなかった」 「いえ、お仕事ですから……鯉登係長もお疲れさまでした」 「苗字は優しいな」 鯉登係長が微笑む。 不覚にもドキっとしてしまった。 この笑顔を見るために何でもして差し上げたいと思う女性社員が山ほどいるのを私は知っている。 将来有望でルックスも良い鯉登係長は物凄くモテるのだ。 「鯉登係長こそ、さすがです」 私はカップを置いて今日の出来事を振り返っていた。 「あんな質問攻勢に平然としてお答えになっているのを拝見して、デキル男の人は凄いなと尊敬してしまいました」 「いや……そ、そうか……」 鯉登係長は照れくさそうに目を逸らした。 こういうピュアなところもポイントが高いのだろうな。 「苗字」 鯉登係長が真剣な顔つきで私を見据える。 「このあと、わ、私の部屋に」 「あ、すみません、本社から電話です」 「あ、ああ」 「はい、苗字です」 『浮気するなと言っただろうが』 「ヒッ」 『帰ってきたらお仕置きだな』 「ちょ、ちょっと待って下さいよ、尾形係長!」 「尾形ァ!貴様、どこまで私の邪魔をしたら気が済むのだ!!」 「ちょ、ちょっと、鯉登係長も落ち着いて下さい」 早口の薩摩弁で尾形係長を罵り始めた鯉登係長に、私は焦って宥めにかかった。 これさえなければ良い人なんだけどな。 大概尾形係長のせいだけど。 |