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どこかで鳥が鳴いている。
私には見えないが、尾形さんにはわかるらしく、動くなというように私を手で制すると、彼はおもむろに銃を構えた。

鋭い銃声が静寂を貫く。

迷いのない足取りで歩いていく尾形さんについていくと、見事に撃ち落とされた鳥が地面に転がっていた。

「凄い!これ、もしかして雉ですか?」

「ああ」

銃を肩に担いだ尾形さんが、手近な木の枝に鳥を逆さまに吊るす。
血抜きをするためだ。
かわいそうだが仕方がない。
これからこの鳥さんには私達のご飯になってもらうのである。

「お前、鳥は捌けるか?」

「いえ…お魚なら、何とか」

「何事も経験だ。俺が捌き方を教えてやる」

「えっ、えっ、ちょ…!」

「ほら、来いよ」

私の背後に回った尾形さんが、後ろから私の手を掴んでサバイバルナイフのようなゴツい刃物の柄を握らせた。
もう片方の手には吊るされていた鳥の首を掴まされる。

「いいか、まずは首を切り落として……」

その後の作業の詳しい工程は割愛させて頂きたい。
ちなみに箇条書きにするとこんな感じだ。

1・ 鶏を吊るす
2・ 首を切る
3・ 羽をむしる
4・ もも肉を取る
5・ 手羽を取る
6・ ささみを取る
7・ 内臓の処理
8・ もも肉の処理

全ての作業が終わった後、半べそになりながら川で手を洗うことになったと言えば、だいたい察して頂けると思う。

「今日は雉の味噌焼きとモツ鍋です」

「おおっ、うまそう!」

「おい、抜け駆けすんなっ」

「これはお前が捌いたのか。偉いぞ、なまえ」

「これで自分で獲物を仕止めて来られるようになれば一人前だな」

「無茶言わないで下さい、尾形さん」

新鮮な食材は新鮮な内に。
今日私が捌いた鳥は、私が責任をもって自分で調理した。

「ヒンナ!チカプにオソマをつけて焼いたものは初めて食べたが、これはいいものだな」

「アシリパさぁん…その呼び方いい加減に…」

「尾形さん、お味はどうですか」

「味噌焼きのほうは美味い」

「モツ鍋、ダメでした?」

「まあ、悪くはねぇな」

ずず、とお椀から汁を啜って尾形さんが言った。

「尾形さんは好きな食べ物ありますか?」

「……あんこう鍋」

「あんこうかぁ。北海道で捕れるのかなあ」

「捕れるぞ。11月から12月中旬にかけてが旬だな」

「じゃあ、あんこうが手に入ったら鍋にしますね」

「ああ」

尾形さんの口元に僅かに笑みが浮かぶ。
本当にあんこう鍋が好きなんだなあ。

その後、用意した食事はあっという間に無くなり、お腹の膨れたみんなはそれぞれ装備品の手入れをしたり、他愛ない会話をしたりして過ごしていた。
貴重な休息時間だ。

私が川で鍋を洗っていると、尾形さんが近くの木の根元に腰を降ろし、銃の手入れを始めた。

「あんこう鍋は」

尾形さんが静かな声で続けた。

「あんこうの捕れる時期になると、母が毎日のように作って食べさせてくれていた」

「そうだったんですか。じゃあ、尾形さんにとってのお袋の味なんですね」

「そうなるな」

手入れを終えた銃を布で包みながら尾形さんが答える。
けれど、その声はどこか薄暗い気配を漂わせたものだった。

「父である花沢中将に捨てられた後、精神を病んだ母は、『以前美味しいと言ってくれたから、また食べに来てくれる』と信じて、あんこう鍋を作り続けていた」

「それは…」

尾形さんの背負っている闇が垣間見えた気がして、口をつぐむ。
何と返して良いものか迷った末に、私は

「それでも、尾形さんにとってはお母さんとの想い出の味ですよね」

「お前は……いや、いい」

尾形さんは再び銃を肩に担ぎ上げて立ち上がると、数歩歩いてから私を振り返った。

「洗い終わったなら、さっさと来い。置いて行くぞ」

「は、はい!」

急いで鍋を持って尾形さんに駆け寄る。

「…あんこう鍋、楽しみにしておいてやる。失望させるなよ」

すぐに背中を向けて歩き出してしまったから尾形さんがどんな顔をしていたかはわからなかったけれど、私は少しだけ安堵しつつ、彼の広い背中を追いかけたのだった。


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