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無事、白石さんの救出に成功したものの、鯉戸少尉の追撃から逃れるために険しい大雪山を越えることになってしまった。
しかも、急に天候が崩れ始めたから最悪だ。
この標高では燃やせる木もなく、残雪を掘ってビバークしようにも雪が足りない。

「白石の様子がおかしいッ」

「白石さん、しっかりして下さい!」

虚ろな眼差しでなにやらブツブツ呟いている白石さんの肩を掴んで揺さぶると、されるがままにガックンガックンと頭が揺れた。
ダメだ。どうしよう!?

「風をよける場所を探すんだ!!低体温症で死んじまうぞ」

尾形さんの言葉を受けて辺りを見回したアシリパちゃんがエゾシカを見つけた。

「杉元、オスを撃てッ」

「エゾシカを撃つのか?」

大きいのが3頭必要だというアシリパちゃんの指示で、杉元さんが動くより早く尾形さんが2頭を同時に撃ち抜いた。
更に、もう1頭。

「急いで皮を剥がせッ、大雑把でいい!!」

尾形さんが撃ち殺したエゾシカの皮をアシリパちゃんが手早く剥いでいく。
その上で腹の中身を取り出して、あいた中に潜り込もうということらしい。

有名なSF映画で似たようなシーンを見たことがある。

理屈はわかったが、いざ実行しようとなるとさすがに躊躇われた。
皮を剥ぐのはもちろんちゃんと手伝ったが。

低体温症で錯乱して全裸になってしまった白石さんを杉元さんがやや強引にエゾシカの中に突っ込む。
ちょっと違う穴に突っ込まれていたけれど、大丈夫だろうか。
あれって……いや、緊急事態だし仕方ないよね。
それから、杉元さんはアシリパちゃんを抱えて自分も別のエゾシカの中に潜り込んだ。

「来いッ」

尾形さんに腕を引かれてエゾシカの中に入ると、入口を自分の背中で塞ぐように尾形さんも入ってくる。
彼は剥ぎ取った皮を私達の身体に巻き付けるようにして、隙間なく二人の身体を密着させた。

確かにこれはあたたかいが、その代わり獣臭が凄い。

「うう…」

「吐くなよ。外に放り出すぞ」

「尾形さんは平気なんですか」

「これぐらいはな」

暖をとれずに低体温症になるほうがまずいということのようだ。
確かにまだこんなところで死にたくはない。

「寒いのか」

見知らぬ土地で凍え死ぬ様を想像して身震いすると、逞しい腕に抱き寄せられ、懐深く抱き込まれた。

「あったかい…」

「お前、意外と胸あるよな」

「尾形さんのスケベ!」

「当ててくるお前が悪い。身体が密着してるから押し潰されて感触がわかるんだよ。不可抗力ってやつだ」

「ええ…」

「引くな。さすがにこの状況でどうこうする気はねぇよ」

ですよね、と安心したのも束の間、頬に手を添えられて顔を上げさせられる。
ふっと吐息だけで笑ったのを感じ、それから唇を重ねられた。

「…何もしないって言ったのに」

「何もとは言ってない。それに、この程度は手を出した内には入らねぇだろ」

言葉を交わす間にも、何度も角度を変えて口付けられる。
この人らしくもない甘やかすようなそれを繰り返される内に、次第に頭がくらくらしてきた。

「尾形さ、」

「もう黙れ」

文字通り口を塞がれてくぐもった声が漏れる。

「んん…ッ」

尾形さんの舌にノックされ、恐る恐る口を開くと、生暖かい舌がぬるりと入ってきて口中を好き放題に蹂躙された。

舌をぢゅうと強く吸い上げられて、まなじりに涙が滲む。
尾形さんの親指がそれを拭い取る。

優しいんだか傍若無人なんだか、わからない。
相変わらず掴めない人だ。

「尾形さんのばか…」

「優しくしてやっているのに、酷い言いぐさだ。今のは傷ついたぞ」

「口が寂しいなら、飴ちゃんあげますから」

「こっちのほうが甘い」

そう言いながら、また深く口付けてくる。

こうして熱い口付けを交わしていても、この人は決して心の内側を見せてはくれない。
彼の奥底にある真意に手が届かない。

杉元さんやアシリパちゃんはどうしてるかな。
彼らもまさか命を守るために避難したエゾシカの中で私達がこんなことになっているなんて思いもしないだろう。

「……ふ」

すっかり蕩けさせられた私を見て満足したのか、尾形さんは私の頭を自分の肩口に押し付けるようにして私の身体を抱き締め直した。

「お前は体温が高いから、暖をとるのにちょうどいいな」

そう言う尾形さんの身体のほうこそあたたかい。
肌を重ねた時にも感じたことだが、男の人の身体はどうしてこんなにも熱いのだろう。

そんなことを考えている内にうとうとと微睡んでいたらしい。

起きたらまた修羅場が待っていたのだが、この時はまだ知るよしもなかった。


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