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樺戸までもうすぐというところで、アシリパちゃんがコタンを見つけた。

休憩のためそこに寄ることにしたのだが、そこは実はヤクザものがアイヌに成り済ましていた偽アイヌの村だった。

尾形さんは、男の一人が家を出ていく時に、足首に『くりからもんもん』の刺青があるのを目ざとく見つけていたらしい。
だからトイレに行くと言って退席したアシリパちゃんが戻って来なくなってからずっと村長達を怪しんでいたのかと納得した。

「アシリパさんをどこへやった!!」

杉元さんが辺りに響き渡るほどの怒声をあげる。

「俺のひと声で外にいる仲間があのガキの喉を掻き切るぜ。お前ら武器を捨てろッ」

そう叫んだ男は、杉元さんに木の枝を口に突っ込まれた上に首の骨をへし折られてしまった。

「ひと声出せるもんなら出してみろッ」

アシリパちゃんが人質にとられているらしいとわかったせいで、杉元さんは怒り狂っている。
こうなるともうどうにも手がつけられない。

壁に立て掛けられていた杉元さんの銃を奪おうとした男は、尾形さんに背中を撃ち抜かれた。

「エクロク助さん、アイヌ語で命乞いはどういうんだ?」

ジャキッと銃を構えながら言う尾形さんは相変わらず鬼だ。

「銃から目を離すな、一等卒ッ」

さっきヤクザに奪われそうになった杉元さんの銃を、尾形さんが杉元さんに投げ渡す。
それを受け取った杉元さんは家の外へ走り出ていった。
アシリパちゃんを探しに行ったのだろう。

「てめえら、よくも!」

「きゃっ!」

刃物を握った男が私に向かって襲いかかってきた。
だが、伸ばした手が私に届く前に、男はドッと勢いよく仰向けに倒れてしまった。
見れば、眉間に黒い穴が空いている。

「汚ねぇ手で俺の女に触るんじゃねぇよ」

尾形さんだ。
尾形さんが男の眉間を撃ち抜いたのだ。

「なまえ、俺から離れるな」

「は、はいッ」

慌てて尾形さんに駆け寄る。
彼は窓から外に向かって銃を構えていた。
外からはアシリパちゃんを呼ぶ杉元さんの声が聞こえてくる。
尾形さんはここから杉元さんの援護をするつもりなのだ。

杉元さんの背後から狙っていた男を銃撃して、
「俺も別に好きじゃねえぜ、杉元…」
なんて、ひねくれたことを言っている。
ホント素直じゃないんだから。

私は尾形さんの邪魔にならないように彼の側でハラハラしながら様子を見守っていたのだが、ふと後ろに気配を感じて振り向いた。

「!」
「!」

そっと外に出て行こうとしていた偽者の村長と目が合う。
偽村長はそそくさと外に向かって逃げていこうとしていた。

「尾形さん!」

「放っておけ。外に出れば、どうせ杉元の餌食になる」

窓の外に銃を向けたまま尾形さんが言ったので、悔しいけれど見過ごすことにした。

外からは物凄い音が聞こえてくる。
バキバキ、ドスンドスン、という音に加えて獣の唸り声までもが聞こえてきたので、思わずビクッとしてしまった。

「あれは牛山だな。大方、乱闘の最中に熊の入った檻でも壊したんだろう」

「うわぁ…」

熊に襲われたらしい男の断末魔の叫び声が聞こえてきて、私は尾形さんの外套にぎゅっと縋りついた。
牛山さん、大丈夫かな…。

それから少しして、外から聞こえていた叫び声が聞こえなくなった。

「終わったようだな」

窓から銃を離して尾形さんが言った。
敵はもういないようだ。

「外に出るぞ」

尾形さんについて家の外に出ると、そこはまさしく死屍累々といった様相を呈していた。
思わず目を逸らしてしまいそうになったところで、アシリパちゃんが一軒の家から出てくるのが見えた。

「アシリパちゃん!大丈夫?怪我してない?」

「私は大丈夫だ。だが、熊岸が死んでしまった」

「えっ、樺戸にいるっていう贋作師の?」

「脱獄してこの村にいたんだ」

アシリパちゃんの話によると、男達は全員樺戸監獄の凶悪な脱獄犯だったらしい。

尾形さんが言うには、村にいたその脱獄犯達は、杉元さんがほとんど一人で皆殺しにしてしまったそうだ。

おっかねぇ男だぜ、と尾形さんは言うけれど、尾形さんも大概だと思う。

「いま何か言ったか?」

「イイエ、ナンデモ…」

「まあいい。後で身体に聞けばわかることだからな」

「尾形さんのスケベ!」

無事合流した杉元さんがアシリパちゃんに声をかけていたが、アシリパちゃんは何か言いたげな表情をしていた。
それはたぶん、軍人として戦争を経験した者とそうでない者との違いが、彼女にそんな顔をさせたのだと思う。

その後、虐げられていた本物のアイヌの村人の女性達に歓待を受けてから、村長に化けていた詐欺師の鈴川を連れて、私達は村を出た。
樺戸監獄から一番近い宿で待っているはずの土方さん達と合流するために。


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