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「見ろ、なまえ。コタンだ」

アシリパちゃんが指差した方向を見ると、確かに小さな村らしきものが見えた。

「今日はあそこで休ませてもらおう」

「うん!」

野営続きだったから、屋内で休めるのは有り難い。
それに、足手まといになるのが嫌で黙っていたが、歩き疲れて脚が痛むし、正直もうくたくただったので助かった。

「私と杉元で交渉してくる。尾形、なまえを見ていてやってくれ」

尾形さんが銃を手に無言で私の傍らに立ったのを見届けて、アシリパちゃんは杉元さんと一緒に村へ入って行った。

「…硫黄の匂いがする」

「えっ」

クンクンと鼻を鳴らして尾形さんが言った。
こういう時、ちょっと猫みたいだと思う。
なかなか人に懐かない山猫っぽい。
本人に言ったら鼻で笑われそうだから言わないけれど。

「近くに温泉があるんでしょうか」

「だといいけどな」

彼に倣って、私も空気を嗅いでみたが、よくわからない。
でも、本当に温泉だったらいいな。

「出て来たぞ」

尾形さんの言う通り、村の家から出てきたアシリパちゃんが私達を呼んでくれた。

「今夜はここで休ませてくれるそうだ。喜べ、なまえ。温泉があるぞ」

私は思わず尾形さんを見た。
見事に温泉があることを言い当てた彼は、胸を張って得意げな顔をしている。
こういうところも猫みたいだ。
吹き出してしまいそうになるのを堪えて、私は手を振っているアシリパちゃんのところへ向かった。

「なまえちゃん、お疲れさま。よく頑張ったね」

「私だけ弱音は吐けませんから」

コタンを訪れた私達は、チセの一つを貸し与えられた。
アシリパちゃんは村長と話があると言って出ていってしまったので、杉元さんが代わりに温泉まで案内してくれることになったのだった。
尾形さんも一緒だ。
相変わらず何を考えているかわからない表情のまま、後ろをついてくる。

温泉は少し歩いた先にあった。
自然の岩風呂だ。
以前旅行に行った時に入った露天風呂を思い出して、少し懐かしく思った。

「おおッ、ほんとに温泉だ!」

「覗くなよ」

「の、覗くわけないだろッ!じゃあ、俺は先に戻ってるからッ」

尾形さんを睨み付けた杉元さんは、そそくさと元来た道を戻って行った。

「早く入れ。俺は周りを見回って来る」

銃を抱えた尾形さんに言われ、急いで服を脱いで用意をする。
尾形さんの姿が森の中に消えて見えなくなったところで、今の内にと身体を洗って温泉の中に入った。

「熱ッ」

最初は足がピリピリしたが、我慢して肩まで入っているうちに次第に慣れてきてちょうど良い温度になった。

少し暑くなってきたので立ち上がった瞬間、

「いい眺めだな」

「きゃ…!」

「騒ぐな。お前の裸なんて見慣れてる」

いつの間にか見回りから戻って来た尾形さんが湯煙の向こうに立っていた。

「知ってるか?ここは混浴だそうだ」

「う、嘘…」

「嘘じゃねぇよ。というわけで、そっちに寄れ」

「尾形さぁん!?」

お湯が跳ねても届かない位置にある木の根元に銃を立て掛けると、尾形さんはさっさと軍服を脱ぎ始めた。

「尾形さん!尾形さんッ!」

「なんだよ。うるせぇな」

全裸になった尾形さんから目を逸らして後ろを向くと、尾形さんは何の遠慮もなく温泉に入って来た。

「なんだ、今更。恥ずかしいのか?」

絶対、いまニヤニヤしてる。
後ろを向いているからいいものの、水音や息遣いがすぐ近くから聞こえてきて頭が沸騰しそうになった。

「なまえ」

だから、反応が遅れてしまった。
伸びて来た尾形さんの手に引き寄せられて、ぴたりと身体を密着させられる。

「いい湯だな」

固まってしまった私の身体を撫でながら尾形さんが息をつく。
それはまるで行為の最中のような熱っぽい吐息だったから、私は本格的にパニックに陥りかけていた。

「脚、痛かったんだろ」

尾形さんが湯の中で脚をやわやわと揉んでくれる。
嬉しいけれど、恥ずかしい。
というか、脚が痛いのバレていたのか。
本当に目敏い人だ。

くったりと力が抜けてしまった私を後ろから抱き込むようにしてお湯に浸かっている尾形さんは、片手で髪を掻き上げたらしい。
揺れたお湯と水音、動く気配でそれがわかった。

「のぼせそうです…」

「もう少し我慢しろ」

無情な宣告に、一瞬目の前が暗くなりかけた。
尾形さんの鬼!

「せっかく、二人きりなんだ。楽しもうぜ」

耳元で低く囁かれて、背筋がゾクゾクする。
やだやだ、首筋にお髭当てないで。

「なぁ、なまえ」

そのあと、完全にのぼせてしまった私を尾形さんがチセまで運んでくれたらしいが、のぼせるほどのナニがあったかは、ご想像にお任せします。


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