「はぐれるなよ」 尾形さんの言葉に頷いて、彼の腕にしっかりと腕を絡める。 いつものデートではこんな大胆なことはしない。 今日は下駄を履いていて足元がおぼつかないので特別だ。 今日は二人で花火大会に来ている。 浴衣を着て来いと言われたのでそうしたのだが、迎えに来た尾形さんも浴衣姿だったのには驚いた。 前世で、怪我がもとで高熱を出した尾形さんを看病した時に浴衣に着替えさせたことがあるけれど、それ以来だ。 懐かしく思っていると、私を上から下まで見た尾形さんが言った。 「やはり浴衣はいいな。色々とやりやすそうだ」 「尾形さんのスケベ!」 「お前こそ何を想像した?いやらしいやつめ」 「うう…」 「冗談だ。ほら、行くぞ」 掴まれ、と腕を差し出されて、素直にそこに自分の腕を絡める。 そうして花火大会の会場までやって来たのだが、想像以上に混雑していた。 縁日のように出店が幾つも並んでいるせいもあるかもしれない。 「先に腹ごしらえするか」 出店を見て尾形さんが言った。 「何が食べたい?」 「じゃあ、フランクフルトがいいです」 「それなら片手でも食えるな。二本買うか」 ちょうど近くにフランクフルトの屋台があったので、そこで二人分買って歩きながら食べることにした。 いかにもジャンクフードといった感じの味なのに、お祭りの時に食べると美味しく感じるから不思議だ。 「あそこにチョコバナナもあるぞ」 「あ、食べたいです」 「ああ、買ってやる」 チョコバナナも買って貰った。 お祭りと言えばチョコバナナは欠かせないというくらい、好きな食べ物だ。 「浴衣にチョコをこぼすなよ」 「はい、気をつけます」 尾形さんがニヤニヤしているのが若干気になるが、何だか嫌な予感がするので食べることに集中した。 何しろ、熱気で早くもチョコが溶けかけていたので。 急いで食べ終えると、尾形さんが口元をティッシュで拭ってくれた。 「ありがとうございます」 「直接舐めてやったほうが良かったか?」 「尾形さんのばかッ」 「ははッ」 今日の尾形さんはやけに機嫌がいい。 そんなに花火大会が楽しみだったのだろうか。 だとしたらちょっと可愛いかもしれない。 「あっ、尾形さん、射的がありますよ」 尾形さんの目付きが変わった。 「待ってろ。景品を取って来てやる」 「はい!」 実はちょっと期待してました。 だって、尾形さんと言えば銃だから。 尾形さんはまず射的で使うための銃の検分から始めた。 「このタイプは空気でコルクの弾を押し出す。銃によって空気圧が違うから、よく選ばねえとな」 「なるほど」 さすがにそこまで考えたことはなかった。 銃を選び終えた尾形さんは店主に代金を支払い、コルク弾を受け取ると、それを銃にセットして棚に並ぶ景品の前で銃を構えた。 その眼光は鋭い。 獲物を前にしたスナイパーのそれだ。 何だか懐かしくなって、胸が熱くなった。 やはりこの人は根っからの狙撃手なのだ。 タン!と音がしたかと思うと、見事、景品が撃ち落とされていた。 またコルク弾をセットして銃を構える。 射的用のおもちゃの銃なのに、その姿は本当の銃を構える狙撃手のようで凄くかっこいい。 思わず惚れ直してしまうくらいに。 当然の結果だが、尾形さんが撃った弾は全弾景品のど真ん中に命中した。 「まだ腕はなまっちゃいねえな」 満足そうな尾形さんが、ビニール袋に入れられた戦利品を私に差し出す。 「ありがとうございます」 立て続けに景品を落とされた店主の顔がひきつっていたのは見なかったことにした。 「そろそろ花火始まりますね」 「ああ」 尾形さんと一緒に会場の中に設置された観客席へと移動する。 混んでいたが、なんとか二つ椅子を確保して座ると、程なくして最初の花火が打ち上がった。 明るいオレンジ色の光が観客席を照らし出し、歓声が上がる。 ドン、ドン、ドン、とお腹の底に響くような重低音とともに、続けて花火が打ち上がり、また夜空に大輪の花を咲かせた。 「綺麗ですね」 尾形さんを見ると、尾形さんは花火ではなく私を見ていた。 あの、底の知れない真っ暗な瞳で。 「 」 尾形さんが何か言ったが、ちょうど打ち上がった花火の音にかき消されて聞き取れなかった。 「尾形さん?」 尾形さんが上を指差す。 さっきなんて言ったのか気になったが、確かにせっかく花火大会に来て花火を見ないのはもったいないので、仕方なく花火を鑑賞することにした。 そして、花火大会が終わったあと。 「さっき、なんて言ったんですか?」 「聞こえなかったなら、いい。気にするな」 「そんなこと言われると余計気になります」 「そうだな…」 尾形さんが指の背で私の頬を撫でる。 「今日、お前が俺より先にいかなかったら教えてやるよ」 もちろん、そんなことが出来るはずもなく、尾形さんに散々鳴かされた挙げ句、結局何も教えてもらえないまま花火大会の夜は終わってしまった。 |