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おかしな夢を見た。
…ような気がする。
はっきりとは思い出せないが、元いた時代の夢だったのは間違いない。
急に懐かしさが胸に押し寄せてきて、危うく泣き出してしまうところだった。

そうならなかったのは、すぐ目の前に尾形さんがいたからだ。
右腕を枕代わりにして、左手で銃をしっかり抱えたまま草の上で横になって眠っている。

何を考えているかよくわからない人だけど、寝顔は案外可愛らしい。
やっぱり猫みたいだ。

顔でも洗って来ようと、そろりと起き上がる。
川辺まで降りて行くと、どこか遠くから鳥の鳴き声が聞こえてきた。
なんていう鳥だろう。
食べられるのかな、などと考えてしまうあたり、そろそろこの旅にも慣れてきたようだ。

「随分早起きだな」

突然聞こえた声にびくりとする。

いつの間にか尾形さんが後ろに立っていた。
確か、前にも似たようなことがあった気がする。

「しっかり身体を休めておかねえと後がつらいぞ」

「はい…」

尾形さんの顔を見た途端、何故か涙が込み上げてきて困惑する。
涙が滲んだ目をごしごしと擦ると、その手を掴まれて止められた。
そのまま引き寄せられて尾形さんの胸に顔を押し付けられる。

「泣きたけりゃ他の連中が起きてくる前に思いきり泣いておけ」

「尾形さんが優しい…」

「お前は俺の女だ。当然だろうが」

泣こうと思ったわけではないのに、涙がぼろぼろと溢れ出てくる。
泣き顔を見られないように尾形さんにぎゅうと抱きついた。

「元いた時代の夢でも見たか」

言い当てられて、こくこくと頷く。

「帰さねえと言ったはずだ。諦めて俺の側にいろ」

「尾形さんのばか…」

「こんなに優しくしてやってるのに、馬鹿はねえだろ。今のは傷ついたぞ」

どんな顔をしてそんなことを言うのかと、顔を上げて尾形さんを見ると、相変わらず読めない表情のままだった。
黒々としたその瞳を見つめていると、まるで真っ暗な洞窟を覗き込んでいるような気分になる。

どうして私はこの人のことが好きなんだろう。
何を考えているか全然わからないのに。
時々、怖いとさえ思ってしまうのに。

でも、恋なんてそんなものなのかもしれない。
理屈ではないのだ。
恋に落ちるというけれど、本当に真っ暗な深い穴に落ちていくような思いだった。

「落ち着いたか?」

「はい…すみませんでした」

尾形さんの指が目尻に残っていた涙を拭い取る。
その手つきがあまりに優しくて、また涙が出そうになった。

「尾形さんは、どうして金塊を探しているんですか」

「さあな」

はぐらかされてしまった。
杉元さん達と違って、尾形さんが金塊の在りかを探している目的がわからない。
見つけたらどうするつもりなのかも。
そのことが不安でたまらない。

「安心しろ。これが終わったら、ちゃんと嫁にしてやる」

そんなに不安そうな顔をしていただろうか。
尾形さんは私の頬を手で包み込むと、触れるだけの口付けをした。

「なまえ…」

そのまま流されそうになった瞬間。
一際大きな鳥の鳴き声が聞こえてきて、私達はそちらのほうへ視線を向けた。

「ちょうどいい。朝飯にするか」

尾形さんが銃を構える。

その姿を見て、ああ、素敵だなと思った。
尾形さんは銃を構えて獲物を狙っている時が一番かっこいい。

立て続けに三発銃声が響き、尾形さんが森の奥に向かって歩き出す。
と、足を止めて振り返った。

「どうした。早く来い」

「は、はい!」

慌てて尾形さんに駆け寄る。

銃声を聞いた時、もう少しで何かを思い出しそうになったのだけど。


「尾形がまた三羽もヤマシギをとって来たぞ」

「またかよ。よくやるなぁ」

「杉元、銃が下手くそだからといって尾形を妬むことはないぞ。お前にはお前の長所がある」

「アシリパさぁん!」

「ついでに川でとった魚も焼きましょう」

「こりゃ豪勢な朝飯だ」

早速、鳥の羽をむしって準備を始めたアシリパちゃんと杉元さんを見て、私も魚を串に刺して焼く用意をする。
尾形さんはと言えば、オールバックの髪を撫でつけて、その様子を眺めていた。

「これでよし。後はチタタプにする」

「尾形さんも、ちゃんとチタタプって言うんですよ?」

「……」

「もう、また黙って誤魔化すんだから」

ちなみに、ヤマシギの脳みそを勧められた時は、私も尾形さんに倣って断ったので人のことはあまり言えない。

皆で食事を食べ始めた頃には、おぼろげな夢の残滓は既に綺麗さっぱり消えてしまっていた。


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