一刻も早く遠くへ逃げなければ。 道を斜めに横切るのはダメだ。狙い撃ちにされてしまう。 だから、遠く雷鳴がとどろく中、物陰に隠れながら必死に走り続ける。 息が切れて苦しい。 でも、立ち止まるわけにはいかない。 尾形さんなら300メートル離れていてもヘッドショットが可能だ。 見つかれば、即頭を撃ち抜かれるに違いない。 「逃げろ逃げろ」と嘲笑う声が聞こえた気がして身体が震える。 それでも気力を振り絞って走り続けた。 「!」 突然、左足に衝撃が走り、倒れ込む。 痛みよりも先に熱いと感じたそれに、背後から狙撃されたのだと悟った。 続けざまに右足も撃ち抜かれ、私は堪らずその場に転がりながら焼けるような苦痛に呻いた。 地面の上を這いつくばって逃げようと試みるが、なかなか上手く進めない。 もう少し。あと少し。 あの曲がり角を過ぎれば、きっと何とかなると希望を抱いてのろのろと這い進む。 「なかなか根性があるが、鬼ごっこはもう終わりだ」 私に絶望をもたらす愉しげな声が逃亡劇の終わりを告げる。 「安心しろ。殺したりはしねえよ。もっとも、その足じゃ、もうどこにも行けねえだろうがな」 私の両足を撃ち抜いた人だとはとても思えない、甘ったるい声で尾形さんは言った。 腕を掴まれて引っ張り上げられ、仰向けにされる。 外套のフードを被って影になっているせいで、尾形さんの顔がよく見えない。 それが何より恐ろしい。 尾形さんの口が動いて何か言おうとしたのはわかったのだが、その時ちょうど辺りに響き渡った雷鳴のせいで、なんと言ったのか聞き取れなかった。 「なまえ!」 呼ばれて、はっと目が覚める。 アシリパちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。 「起こしてすまなかった。でも、随分うなされていたみたいだったから──」 「アシリパちゃん…!」 自分よりも年下の少女の細い身体に縋りつく。 アシリパちゃんはよしよしと背中を叩いてくれた。 「悪い夢を見たんだな。もう大丈夫だ」 「うう…」 ギシ、と床が軋む音。 アシリパちゃんに縋りついていたので見えないが、誰かが近づいて来たのがわかった。 「どうした」 「大丈夫だ、何でもない。なまえが悪い夢を見てうなされていただけだ」 「悪い夢?」 今一番会いたくなかった人の声に、自然と身体が固くなる。 「尾形、お前はどうしたんだ?」 「俺は見回りの帰りだ。ついでになまえの様子を見に来たんだが、ちょうど良かったな」 アシリパちゃんに縋りついたままでいたら、脇に手を入れてひょいと持ち上げられ、小さな子供にするように抱きかかえられた。 「どんな夢を見た」 「…怖い人に追いかけられる夢です」 その時、夢の中と同じように雷鳴がとどろき、思わずびくっと身体をすくませる。 「なんだ、お前、雷が怖いのか」 尾形さんが意地悪く笑った。 「しょうがねえ。しばらくこうしていてやる」 私を抱きかかえたまま座った尾形さんに、優しく背中を撫でられる。 肩口に頭を寄せて抱っこされながらよしよしされるなんて、完全に小さな子供をあやす格好だ。 「悪かったな。なまえには俺がついててやるから寝ていいぞ」 「ああ、なまえを頼む。尾形」 アシリパちゃんが素直に横になったのを見て、言い知れない絶望を感じた。 雷鳴がとどろく中、尾形さんと二人きり。 それは嫌でも夢の内容を思い起こさせた。 あれはただの夢だとわかっているのに、どうしても身体の震えが止まらない。 怖くて尾形さんの顔を見られない。 きっといま顔を合わせたら、私が彼を怖がっていることがバレてしまう。 尾形さんに顔を見られないように、彼の肩口に顔を埋めて逞しい身体にぎゅうと抱きついた。 「ふ…」 尾形さんが耳元で笑う。 急に恥ずかしくなって離れようとした私を、尾形さんはしっかりと抱きしめ直した。 まるで、逃がさないとでもいうように。 「だから言っただろ」 夢で聞いたのと同じ、甘ったるい声で尾形さんが言った。 「お前だけは、何があっても絶対に逃がさねえ、と」 |