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夕張にあった剥製の館は、証拠隠滅のため鶴見中尉の手の者によって燃やされてしまった。
これでは、館で見つけた刺青人皮が本物かどうかわからない。

そこで、二手に分かれて月形の樺戸監獄にいるという贋作師に会いに行くことになった。

杉元さん、アシリパちゃん、牛山さん、尾形さんと私は、歩きで山を越えて。
土方さん、永倉さん、家永さん、白石さんとキロランケさんは馬で山道を。

月形の樺戸監獄に一番近い宿屋で合流することにして、それぞれ目的地に向かって出発したのが今日の午前中のこと。
只今山越えの真っ最中だ。

「用心して他の人間とは出来るだけ接触せずに月形の樺戸監獄まで移動したほうがいい。土地の人間の目撃証言などをつたって追跡されるからな」

お父さんについて山に入っていたというアシリパちゃんはもちろんのこと、軍人である尾形さん達の足取りに迷いはない。
有名な柔道家だった牛山さんも足腰には自信があるらしく、どんな悪路でも平然としている。
このメンバーの中で不安要素があるとすれば私だけだ。

「そこ、滑るぞ。足元気をつけろよ」

「はい」

尾形さんの手を借りて、滑りやすい川辺の岩場を進んでいく。
無事に乾いた地面まで辿り着くと、よく頑張ったなという風に頭をぽんぽんされた。
みんなの視線を感じてちょっと恥ずかしい。

「なんか意外だな」

その様子を見ていた杉元さんが怪訝そうな顔で呟く。

「お前、そんな奴だったか?」

「自分の女に優しくしてやって何が悪い」

尾形さんは鼻で笑って双眼鏡を取り出した。

「俺は聖人君子じゃないんでね。野郎には情けをかける必要はねえだろ」

そう言いながら、来た道のほうへ双眼鏡を向ける。
尾形さんは時々立ち止まっては、こうして双眼鏡を使って追っ手が来ていないか確認しているのだ。

「何か見えるか?」

「いや、何も。今のところ、追って来ている様子はねえな。ジジイのほうへ行ったか」

「尾形さん、ジジイなんて言っちゃダメです!」

「ジジイはジジイだろ」

「もう、ダメですってばッ」

幕末の英雄をジジイ呼ばわりなんて、不敬過ぎる。
永倉さんの隠れ家にいた時からずっとこれだ。
全く改める様子がない。

知らん顔をしている尾形さんにぷりぷり怒っていると、後ろで牛山さんが盛大に噴き出した。

「いや、悪いな、お嬢ちゃん。こんな状況なのにいつも通りなのが可笑しくてな」

豪快に笑いながらバシバシ背中を叩かれる。

「仲良きことは麗しきかな!いいぞッ、二人とも。これからもその調子でなッ!」

背中を叩かれて咳き込んでいると、呆れた顔をした尾形さんが背中をさすってくれた。

「おいおい、ちゃんと手加減しろよ。お前の馬鹿力で叩かれたらなまえが壊れるだろうが」

「おっと、悪かったな、お嬢ちゃん」

「いえ、大丈夫です」

「そうだな、尾形に毎晩のように抱かれてたんだから、お嬢ちゃんは丈夫だよなッ」

「う、牛山さん!」

アシリパちゃんがいるのに、と焦るが、当のアシリパちゃんは杉元さんと何か話していて聞いていなかったようだ。良かった。

どうやらヤマシギがいるらしい。
美味いの?と尋ねた杉元さんに、脳ミソが美味いとアシリパちゃん。
すかさず尾形さんがヤマシギに狙いを定めて小銃を構えた。

「おい!尾形、やめておけ」

「なんでだよ、食うんだろ?」

アシリパちゃんの話によると、一羽に当てられたとしても他のが逃げてしまうのだそうだ。
ヤマシギは蛇行して飛ぶので、尾形さんの銃の弾では当てるのは難しいのだとか。

「私達はヤマシギの習性を利用した罠を知っている。枝でヤマシギが通りたくなる通路を作って、くくり罠を沢山仕掛ける。罠ならみんなの分も獲れる」

「フン…」

アシリパちゃんの説明に納得したのか、尾形さんは髪をかき上げながら向こうに行ってしまった。

その翌日。
結局、罠には二羽しかかからず、朝からふらっといなくなっていた尾形さんが撃ち落とすのが難しいはずのヤマシギを三羽も獲ってきて得意げに胸を張ることになるのだが、いそいそと罠の準備を手作う私達はまだそのことを知らなかった。

クールなスナイパーを絵に描いたような尾形さんなのに、案外負けず嫌いなところがあるらしい。
不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。


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