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「西洋料理店で働いていた時の制服、あれは良かったな」

尾形さんの胸板を枕に、行為の後の甘く気怠い余韻に浸っていた私の耳に、そんな言葉が飛び込んで来た。

「想像の中で何度も犯したが、あの格好のお前を一度抱いてみたかった」

「尾形さんのスケベ!」

「男はみんなこんなもんだぜ」

自慢気に胸を張らないでほしい。
そんなことはない…はずだ。たぶん。

こちらに来るまで何も知らない清らかな身体だった私は、一から尾形さんに開発された。
そのため比較対象が存在しないのだが、尾形さんのねちっこいセックスが一般的なものではあるとはとても思えない。

「尾形さんて、人妻とか未亡人好きそう。それで、背徳的でただれた行為をしそう」

「ははッ」

笑い飛ばされてしまった。
この推理、結構自信があったんだけどなあ。

尾形さんが可笑しそうに私の頬を撫でる。
その手つきはびっくりするくらい優しい。

「そんな趣味があったらお前に手を出してねえよ」

「そういうものですか?」

「ああ」

尾形さんのあの底の知れない黒目がちな瞳が私を捉える。

「一目会った瞬間にわかった。お前は俺のものになるために生まれてきた女だとな」

優しく髪を梳かれながらそんなことを言われ、ちょっと怖いと思ってしまった。
だって、尾形さんが、小銃で獲物に狙いを定めた時のような目で私を見るから。
背筋がゾクゾクする。

「そう怖がるなよ。ちゃんと優しくしてやってるだろ」

それは確かに否定出来ない。
およそ他人に興味がなさそうなこの人が、意外なほど気を遣ってくれていることは誰の目にも明らかだった。
私は尾形さんの大切な獲物なのだ。

「俺から逃げ出そうとさえしなければ、可愛がってやる。お前は俺の女だからな」


その翌朝。

午前中の内に次の目的地である夕張に向けて発つそうで、私は台所で朝食とお昼用のおにぎりを作っていた。

焼き鮭に、梅干し、おかかを具に、なるべく大きくなるように握り、一人分ずつ竹皮で包む。

お味噌汁を火にかけた時、ふらりと尾形さんが台所に入って来た。

「しいたけは入れるなよ。あれは人間の食い物じゃねえ」

「好き嫌いはダメですよ、尾形さん」

「昨日散々可愛がってやった仲じゃねえか」

「もう…しょうがないなあ」

仕方がない。尾形さんのだけ、しいたけは入れないようにしよう。

尾形さんは何が楽しいのか、ニヤニヤしながら食事の用意をする私を眺めている。

「な、なんですか?」

「いや、いい眺めだと思ってな。お前、俺と一緒になってからも、そうやってメシ作れよ」

「えっ」

「えっじゃねえ。責任は取ると言っただろうが」

嫌なのか、と昏い目で問いただされて戸惑う。
嬉しくないわけではないのだ。でも。

「嬉しいですけど…私、いつ元の世界に戻っちゃうかわからないですよ?」

来た時も突然だったし、またある日突然この世界から消えてしまうかもしれないのに。

「何があろうと帰さねえから安心しろ。その時が来たら全力で邪魔してやる」

「ええ…」

「なんで不満そうなんだよ。いいから、一生俺の側にいろ」

「尾形さんがそんなことを言うなんて」

「お前がおかしなことを言い出すのが悪い」

今のは傷ついたぜ、と心にもないことを言いながら、尾形さんが後ろから私を抱きしめる。

「俺を置いてどこにも行くな」

「尾形さん…」

「死んでも離してやらねえから覚悟しろ」

ぎゅうぎゅう抱きしめられて苦しいけれど、何故か胸がきゅんとなった。
いつもクールな人なのに、なんだか子供が駄々をこねているみたいでちょっと可愛い。

「ふふ…」

「おい、笑うなよ」

「だって」

その時、コホン、と控えめな咳払いが背後から聞こえてきたので、尾形さんをくっつけたまま振り返ると土方さんと家永さんが台所の入口に立っていた。

「家永に手伝わせようと思ったのだが」

「ありがとうございます。助かります」

尾形さんをべりっと引き離して、土方さんと家永さんにお礼を述べると、家永さんがにっこり微笑んだ。

「邪魔してごめんなさいね」

「…チッ」

そこの人、舌打ちしない。


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