連休明けの大学は混沌としていた。 遊びまくっていたせいで課題が間に合わないだとか、彼氏と海に行っただとか、特に聞こうとしなくてもそういう話が耳に入ってくるくらい騒がしい。 朝からずっとこんな調子なわけだが、本日最後の講義が終わったいま、その教室の片隅で、私は何故か顔見知り程度しか面識がない女の子に質問責めにされていた。 「苗字さんの彼氏、名前なんていうの?」 「尾形さん?」 「下の名前は?」 「百之助だけど」 「やだ、おじいちゃんみたい!あっ、ごめんねえ?」 「ううん」 そういえば、考えてみれば前世と全く同じ名前って凄いよね。 尾形さんの場合、見た目もそのままだし。 中身も昔のまますぎて、むしろ怖い。 「苗字さん聞いてる?」 「あ、ごめん。何?」 「彼氏の写真ある?」 「うーん…あるけど、見せるのはちょっと」 「…ふーん。まあ、いいか。彼氏、何をしてる人?」 「国家公務員」 「そうなんだ?でも、公務員って言っても色々あるしね。ちなみに私の彼は医者なんだー」 「お医者さんかあ。凄いねえ」 「まあ、開業医の三代目なんだけどね」 「そっか、凄いね」 「ところで、連休中はどこか遊びに行った?私は彼氏とUSJ行って来たんだあ」 「USJいいね。私は温泉に行って来たよ」 「どこの温泉?」 温泉郷の名前を教えると、聞いたことないなと言われてしまった。 確かに、隠れ宿だって言っていたし、メジャーな温泉街じゃないから知らなくても仕方ないのかもしれない。 「あ、ちょっとごめん」 スマホから着信音が聞こえてきたので画面を確認すると、尾形さんからだった。 噂をすればなんとやらだ。 「もしもし?」 『今お前の大学の近くまで来てるんだが、もう講義は終わったんだろ?』 「はい」 『じゃあ、迎えに行ってやる。校門の前で待ち合わせようぜ』 「はい、わかりました」 電話を切ると、先ほどの女の子が興味津々といった表情で見つめていた。 「今の彼氏?」 「うん。いまから迎えに来てくれるって」 「へえ…彼氏イケボだね」 「そうかなあ?」 「まあ、私の彼氏もかなりのイケボなんだけどね。顔もめっちゃイケメンでえー」 「そうなんだ?」 近くまで来ているということは本当に近いはずだから、そろそろ待ち合わせ場所に行かなければ。 「じゃあ、私はもう行くね」 「あ、待って。私も行く。彼氏さん見たいな」 「そう?じゃあ一緒に行こうか」 まあ、見るだけなら特に問題はないだろう。 いくら尾形さんでも、大学の知り合いに何かするはずはないし。 お医者さんだという彼女の彼氏の話を聞きながら外に出ると、既に校門の外には見覚えのある車が横付けにされていた。 帰り際の生徒が興味深そうに車とその脇に佇む尾形さんを見ている。 尾形さんはというと、周囲のざわめきにも素知らぬ顔で、相変わらずクールな人だと思った。 「もしかして…あれ?」 「うん」 どうしたんだろう。 さっきまで機嫌よさそうにしていた彼女の顔がひきつっている。 「ごめんなさい。待ちました?」 「いや、いま来たところだ」 私の頬を指で撫でた尾形さんは、今日も見るからに仕立ての良さそうなスーツをピシッと着こなしていた。 軍服姿もかっこよかったけれど、私はスーツの尾形さんも好きだな。 通りすがりの女の子から、渋くてかっこいい、という声が聞こえてきてちょっと嬉しくなる。 そうなんです。 尾形さんは渋くてかっこいい私の彼氏なんです。 怖い人だけど。 「あ、この子は知り合いで…」 黙ったまま頭を下げた彼女に、尾形さんはにっこり微笑んだ。 あ、これ、茨戸の山本理髪店で署長の顎をハサミでちょっきんした時と同じ笑顔だ。 「尾形です。なまえがいつもお世話になっています」 「あ…いえ…」 「じゃあ、行こうぜ、なまえ」 「はい」 またね、と彼女に声をかけて尾形さんがドアを開けてくれた助手席に乗り込む。 尾形さんもすぐ運転席に乗り込んで、車は滑るようにスムーズに走り出した。 「あの女、すげえ顔して見てたな。何を言われた?」 彼女と交わした会話をざっと話すと、尾形さんは「ははあッ」と笑った。 「そいつはマウンティング女だ」 「マウンティング?」 「お前より自分のほうが上だとマウンティングしようとして失敗したわけだ。さぞかし今頃悔しがってるだろうよ」 「えっ」 全然気がつかなかった。 マウンティングされていたのか。 言われてみれば、思い当たるふしがあるが、話している最中は全くわからなかった。 もしかして、私って鈍い?ショックだ。 落ち込む私をチラッと見て、尾形さんが優しい声で言った。 「とりあえず、メシでも食いに行くか」 「賛成!」 「その後は、ホテルと俺の家、どっちがいい?」 「真っ直ぐ私の家でお願いします」 「お前のマンション、壁が薄いから隣に聞こえるぜ」 「エッチはしない方向でお願いします」 「チッ」 チッ、じゃありません。 まったくもう。 |