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「お前はゆっくり寝てろ」

たっぷりじっくりお仕置きされた後、尾形さんはそう言って温泉へと向かった。

行為のあとは必ず眠くなってしまう。
それを知っているからこその気遣いだったに違いない。

お言葉に甘えて、久しぶりのお布団の感触を堪能しながら横になってうとうとしていたら、パァン!と襖が乱暴に引き開けられた。

「なまえ!無事か!?」

「アシリパちゃん…?」

「盗賊だ!私達は屈斜路湖に来たときからずっと見られていた!!杉元達が危ないッ」

「ええっ!?」

布団から飛び起き、急いで身支度を整える。
荷物を背負い、既に弓矢を手に準備万端だったアシリパちゃんと共に温泉に向かったが、

「銃声だ」

途中聞こえてきた銃声に焦りをつのらせながら温泉に辿り着くと、そこには既に誰もいなかった。
灯りは壊され、衣服なども残っていない。

「もしかして、温泉に入っているときに襲われた…?」

「たぶんな」

だとしたらみんな全裸で丸腰のはずだ。
いくら杉元さん達でもそんな状態で盗賊を相手に出来るものだろうか。

「まだ遠くには行っていないはずだ。探そう」

「うん!」

アシリパちゃんが即席で作った松明を手に、森の中へと入っていく。
人工的な灯りが全くない真っ暗な森の中では、アシリパちゃんが持つ松明の灯りだけが頼りだ。

と、その時、前方からパキッと乾いた木を踏む音が聞こえてきた。

「杉元?」

アシリパちゃんが声をひそめて問いかける。
だが、目の前に現れたのは、武器らしきものを手にした見知らぬ男だった。

「灯りを消せ」

男がそう命じたとき、

「たいまつに近づくなッ、銃を持ってる奴がいるぞッ」

どこからか別の男が叫んだ。

次の瞬間、目の前にいた男の頭が弾け飛び、飛び散ったその血液で松明の灯りが消えてしまった。

尾形さん!
間違いない。
今のは尾形さんだ。

尾形さんが銃を持っている。
それは私達にとって紛れもなく希望の光となった。

先ほど銃があると叫んだ男が、尾形さんがいたと思われる場所に向かって撃ちまくっているが、尾形さんには一発も当たっていないと信じたい。

ザザザと茂みを掻き分けながら進んでいると、不意にアシリパちゃんが背後いた誰かに捕まった。

「アシリパさん、なまえちゃん、俺だ……」

杉元さんだった。
アシリパちゃんを後ろから抱っこするようにして彼女の口元を手で押さえているらしい。

「!?これは血か?杉元のか?怪我したのか?」

「平気だ。暗くなきゃあんな奴ら俺の相手じゃねえんだが……」

杉元さんは自嘲気味に、コタンコロカムイをひどく怒らせちまったみたいだなと呟いた。

「血の匂いがプンプンする」

すぐ近くから聞こえてきた声にゾッとする。
さっき銃を撃っていた男だ。

見つかってしまうかとドキドキしたが、男は別の方向から聞こえてきた話し声に気付くと、カンカンと舌を鳴らしながらそちらへ行ってしまった。

そのままじっと身を潜めてどれくらい経っただろう。
再び銃声が聞こえた時には、既に夜明けが近づいてきていた。

杉元さんが盗賊を一人倒し、反撃開始を宣言する。
怪我をしているから深追いはしないほうがいいんじゃないかというアシリパちゃんに、杉元さんは、向こうに態勢を立て直させる時間を与えてはいけない、攻めるなら今だと力説した。

またもや銃声が響く。

「尾形の小銃だ」

と杉元さんが言った。
辺りがだいぶ明るくなってきたところで、移動を開始する。

「尾形さん!」

尾形さんを見つけて駆け寄る。
当たり前だが全裸だった。
普通なら恥じらって目を逸らすところだが、今はそんな場合ではない。

「怪我はないですか?」

「俺は大丈夫だ」

尾形さんは怪我をしている杉元さんをチラッと見てから、アシリパちゃんを睨んだ。

「どうしてなまえを連れて来た」

「旅館に置いて行けばなまえを守る者が誰もいなくなってしまう。それなら、私と一緒にいたほうが安全だと判断した」

「…しょうがねえ。そいつから離れるなよ」

尾形さんは基本的に自分以外の人間を信用していない。
私を常に側に置くのも、目が届く範囲にいるほうが安全だと考えているからだろう。

尾形さんはアシリパちゃんから近くに佇む建物へと視線を移した。

「都丹庵士と手下2名が建物に入っていった。あの廃旅館が奴らのアジトだ」

「銃を取りに戻っていたら逃げられる。このまま一気にカタをつける。アシリパさんとなまえちゃんは外で待機しててくれ」

「わかりました」

杉元さんと尾形さんが辺りを窺いながら建物の中へ入っていく。

それから殆どすぐに、内側からバァン!と出入口の扉が閉められた。
恐らく都丹庵士の仕業だ。
いま、中は真っ暗のはず。
このままでは尾形さん達が危ない。

「アシリパちゃん、裏に回ろう!」

アシリパちゃんと一緒に建物の裏側へ走っていく。
思った通り、建物の窓は全て板を打ち付けられて塞がれていた。

「なまえ、ここから入れそうだ!」

アシリパちゃんが裏側の引き戸を開けて中に入ったので、私も急いで彼女のあとに続く。

「杉元?」

暗闇を手で探りながら歩いて行くと、アシリパちゃんが杉元さんを見つけた。
尾形さんも一緒にいるようだ。

「アシリパさん?どこから入ってきた?」

「たぶんこっちだ!!いや…あっちか!?」

私も元来たと思われる場所を探したが、暗闇では方向がはっきりしない。

遠くからカンカンという音が近づいてくる。

これでは下手に動けない。
どうしよう…!?


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