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私達はいま、網走までもう少しの場所にある北見という町に来ている。

この町の廣瀬写真館に立ち寄っているのだが、わざわざ土方さんが知り合いの写真師の田本さんを呼び寄せて下さったので、ここでアシリパちゃんの写真を撮ってお祖母さんに送ってあげようということらしい。

──というのは表向きの理由で、実のところは、怪しい二人、インカラマッさんとキロランケさんの写真を撮って誰かに調べさせようという土方さんの企みなのだった。
あの二人の正体を知っている者がどこかにいるかもしれない、写真ならばそれを探し出しやすいだろう、と考えてのことである。

「写真師の田本さんはヒジカタの古い知り合いだから安心しろ。せっかくだから思い出にみんなで撮影会しようぜ」

と杉元さんが言って、みんなで順番に撮影することになった。

「尾形さん、一緒に撮りましょう」

「いや、俺はいい」

「いいじゃないですか別に。脱走兵なんて今更なんですから」

「…………」

「ね、尾形さん?」

「…しょうがねえ。一枚だけだからな」

「ありがとうございます!」

アシリパちゃんと杉元さんの二人組に続いて、私も尾形さんとツーショットで撮ってもらうことになった。

「はい撮りますよ。私がフタを外したら6秒間動かないで」

田本さんがそう説明してくれる。

私は尾形さんに寄り添って立って、写真撮影が完了するのを待った。

6秒間じっとしていなければならないのは、意外とつらい。
瞬きするのも我慢してじっと立ったままでいると、やっと撮影が終わった。

「はい、撮れましたよ。いい感じのお二人ですね」

「ありがとうございます」

尾形さんも満更でもない顔をしているので、やっぱり撮ってもらって良かったと思う。

私達のあとで、何故か谷垣さんだけ褌一丁で撮影されていたけれど、あれはなんだったのだろうか。

白石さんは石川啄木と一緒に遊郭に行っているそうで、撮影会の後は宿で落ち合うことにして、それぞれ自由行動となった。

「じゃあ、また後で」

「なまえを頼むぞ、尾形」

「ああ。お前も杉元が騒ぎを起こさないようしっかり見張っておけよ」

アシリパちゃんと尾形さんがそんなやり取りを交わしてから、私は尾形さんと一緒に歩き出した。

当たり前のように尾形さんがお目付け役としてついてくるのは構わないが、尾形さんはそれで良いのだろうか。

「お前、どこに行きたいんだ?」

「来る途中に見つけたお風呂屋さんに行きたいです」

「なら、俺はその近くの理髪店で散髪してくる。迎えに行くから動くなよ」

「私のほうが早く終わると思いますから、私が理髪店に行きますよ。散髪されてる尾形さんが見たいです」

「物好きなやつだな」

だって、ツーブロックのオールバックなんてどうやって整えているのか興味深すぎる。
とは思うものの、本人にはとてもそんなことは言えない。

「お髭も整えてもらうんですよね?」

「ああ」

「いいなあ男の人は。私も顔剃りしてもらいたいです」

「そんな必要ねえだろ。すべすべしてんのに」

「お肌、ちょっと荒れてきてます。この旅を始めてから、ずっと素っぴんでお手入れ出来てないので」

「これでか?」

尾形さんが驚いたように私の頬を撫でる。
分厚い手で確かめるように肌をなぞられて、ちょっとくすぐったい。

「そうですよ。本当はもっとすべすべなんです。ああ、現代の化粧水と乳液がほしい」

「この時代のはダメなのか」

「どうでしょう。使ったことがないからわかりません。肌に合う合わないもありますし」

「フーン…」

そんなことを話していると、目的地のお風呂屋さんに到着した。
尾形さんが行く理髪店はもう一本先の道だ。

「置き引きには気をつけろよ」

「はい。行ってらっしゃい、尾形さん」

「こういうの、夫婦みたいだな」

そう言ってちょっと笑ってから、尾形さんは私に背を向けた。
片手を軽くあげて歩いていくその後ろ姿を見送ってから、私はお風呂屋さんに入っていった。

脱衣所で服を脱いで、他の荷物と一緒にロッカーにしまう。
あの写真も一緒に。

この写真は、私にとっては文字通り尾形さんとの想い出の品だ。

たとえ、ある日突然元の世界に戻ってしまう日が来たとしても、この写真を肌身離さず身につけていれば、尾形さんの存在を忘れずにいられるから。

ちょっと切ないような気持ちになりながらお風呂場に行き、手早く髪と身体を洗う。
そういえば、この石鹸も尾形さんにもらったものだった。

「良い香りだねえ。もしかして、贈り物かい?」

「ありがとうございます。そうなんです」

「情人からなんだろう?こんな高級品をくれるなんて、良い人を見つけたね。大事におしよ」

「はい」

何だか気恥ずかしくなりながらお湯に浸かり、早々にお風呂屋さんをあとにした。

尾形さんのいる理髪店に向かう。

「あれ?今のは…」

いま理髪店から出て行った人、キロランケさんに似ていた気がする。
でも、どうしてこんな所に?

不思議に思いながら理髪店に入ると、尾形さんは椅子に座らされて首周りにケープを巻かれ、髭剃りの最中だった。
目線でそこにいろ、と促されて待ち合い室の椅子に座って待つ。

「待たせて悪かったな」

しばらくして散髪を終えた尾形さんが待ち合い室にやって来た。

「大丈夫です。それより、さっき…」

「どうした?」

「いえ、なんでもありません」

きっと気のせいだろうと、聞くのはやめた。

「何か食いに行くか」

「賛成!」

尾形さんと一緒に理髪店を出て食堂を探す私の頭からは、先ほど見かけた人影のことは消え失せていた。


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