「スチェンカ?」 「そうだ」 夜な夜な行われる男同士での殴り合い、ロシア伝統のスチェンカ。 キロランケさんが酒場で聞き出した情報によると、スチェンカは元々は祭りの余興として村対抗で行われていただけだったが、そこに賭けの要素を持ち込んだのは日本から樺太にやってきた奇妙な刺青を持つ日本人なのだという。 その囚人は強い相手でなくては戦わないらしい。 だから、その囚人をおびき寄せるためにスチェンカに参加して強さを示す必要があるのだと説明された。 「でも、大丈夫なんですか?殴り合いだなんて」 「これでも元軍人だからな」 キロランケさんはやる気満々だ。 尾形さんは相変わらず何を考えているのかわからない顔で黙って聞いているが、口を挟んでこないということは自分も参加するつもりなのだろう。 ちょっと意外だ。 「尾形さん、近接戦弱いのに…いたッ!」 でこぴんされてしまった。 まあ、本人がいいというなら問題ないのだろう。 問題は 「白石さんはやらないですよね?」 「いや、当然頭数に入っている」 キロランケさんの言葉に、白石さんは青ざめた顔で私に笑いかけた。 だ…大丈夫かなあ? 「なまえ」 スチェンカが始まる前。 続々と参加者が集まってきているため、小屋の中は早くも熱気で満ちていた。 私とアシリパちゃんは見学だ。 「お前はキロランケニシパ達に賭けろ。私はロシア側に賭ける」 「えっ!?」 「そうすれば、どちらが勝っても損はせずに済む」 「な、なるほど」 賢いな、アシリパちゃん。 キロランケさん達を信用していないわけではないが、対戦相手のロシア人の男の人達があまりにも筋肉ムキムキ過ぎて、これはちょっと…という感じが否めない。 確かに二人して尾形さん達に賭けるよりも確実だ。 「聞こえてるぞ」 上半身裸になった尾形さんが軽く睨んでくる。 「まあいい。お前、これを持っておけ」 「は、はい」 尾形さんに渡されたのは、彼が常に携行している小銃だった。 大役を仰せつかった私は緊張しながらもしっかりと小銃を抱え込んだ。 ボディチェックを受けてリング代わりの囲いの中に入っていく尾形さんを見守る。 「彼はあなたの恋人ですか?」 「えっ、はい」 「銃を預けるなんて、よほどあなたを信頼しているんですね」 知らない人にいきなり話しかけられて驚いてしまった。 日本語で話しかけてくる人がいると思わなかったからだ。 「日本の方なんですか」 「ええまあ、ああ、ほら始まりますよ」 「あっ」 いきなり白石さんが殴られて吹っ飛んできた。 柵にぶつかってそのまま動かない。 「白石さん、大丈夫ですか!?」 ダメだ、返事がない。 キロランケさんも尾形さんも頑張ってはいるが、劣勢なのは明らかだった。 「尾形さん!頑張って!」 あまりにもボコボコにされているので、応援してもいいものか迷ったけれど、結局口から出たのはそんな言葉だった。 尾形さんもキロランケさんも頑張っていた。 自分より遥かに体格の良いロシア人相手に良く戦ったと思う。 でも、やっぱり敵わなくて。 ノックダウンされた尾形さんを囲いの中から引きずり出して介抱するのは大変だった。 膝枕をしてお水を飲ませてあげて、腫れ上がった顔を濡らした手拭いで冷やす。 傍らではアシリパちゃんがキロランケさんの手当てをしていた。 白石さんはまだ動かないままだ。 「尾形さん…」 「おい、見るな。情けねえだろうが」 「そんなことないです。最後まで心は負けてませんでしたよ」 尾形さんは舌打ちしたが、それが照れ隠しだということが私にはもうわかっていた。 そういえば、あの日本人の人はいつの間にかいなくなっていた。 やけに体格のいい人だったけどスチェンカには参加していなかったし、まさか、ね…。 |