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いま流行りだという中華は散々食べさせられたので、出来れば違うものがいい。

そう告げた鯉登少尉に、月島軍曹はそれならばと以前玉井伍長から聞いた美味いと評判の西洋料理店に連れて行くことに決めた。
月島自身はまだ行ったことはないが、玉井伍長が絶賛していたから間違いないだろう。

「ここか」

「そのようですね」

訪れたその店は造りこそ他の木造家屋と大差無かったが、洒落た外装と看板のお陰でそれらしい雰囲気を醸し出していた。
それに何より、店の前まで食欲をそそる美味そうな香りが漂っている。
これは当たりだ。
月島軍曹は内心安堵しながらドアを開けて店内に入って行った。

「いらっしゃいませ」

中に入ると直ぐに明るい声に迎えられた。
見れば、艶やかな黒髪をこざっぱりと後ろで一つに束ねた二十代前半くらいの可愛らしい顔をした女給が忙しく立ち働いていた。

「二名様ですね。こちらのお席へどうぞ」

女給に案内されて四人がけのテーブル席に鯉登少尉と向かい合わせに座る。
その鯉登少尉だが、店に入ってからどうにも様子がおかしかった。
ギクシャクとしていて動きがぎごちなく、顔も火照ったように赤い。
月島軍曹はすぐに合点がいった。
鯉登少尉の視線はあの女給に釘付けになっていたからだ。

「ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」

テーブルにグラスに入った水を置いて女給が言った。
鯉登少尉は、と見れば、近くにいると直視出来ないのか目を泳がせている。
これは重症だ。

「娘、名は何という」

「はい、苗字なまえと申します」

はきはきと答えたなまえに月島軍曹も好感を抱いた。
と言っても、もちろん色恋の類いではない。

「鯉登少尉、何を召し上がるかお決まりになりましたか」

「あ、ああ…いや…まだだ」

「それでは、当店のお勧めメニューなどいかがでしょうか」

なまえがさりげなく助け船を出す。

「本日はオムライスがお勧めメニューとなっております」

「そうか、では、それを頼む」

「かしこまりました」

なまえが店の奥に引っ込むと、代わりに年配の女が奥から出てきて客の世話を始めた。

「あの娘がお気に召しましたか」

「なっ…!?」

鯉登少尉は早口の薩摩弁で「別にそんなことはない」というようなことを言ったが、真実は火を見るより明らかだった。

「おや、貴方もですか」

年配の女が朗らかに言った。

「いい子ですからねぇ」

「ああ……いや、私は」

「よくよく軍人さんに好かれる子ですよ」

鯉登少尉はその言葉に引っかかったようだった。
急に顔つきを改めて女を見据える。

「あの娘が目当てで通っている者がいるのか」

「ええ、それはもう熱心に通われていて。この間は外で声をかけられたとか」

「そいつに困らされているのか?」

「いいえぇ、怖がってはいるみたいですけどね、それも好きの内と申しましょうか…」

「安心するがいい。次に来たら私が注意してやる」

「まあまあ、お優しい方ですこと。よろしくお願い致しますね」

「ああ、任せておけ」

気合いたっぷりに言った鯉登少尉だったが、なまえがオムライスとおぼしき皿を手に戻って来ると、途端に赤くなって黙り込んでしまった。
何とも純情なことである。
月島軍曹は妙な感心をしつつ、なまえからオムライスを受け取った。

「どうぞ」

「あ、ああ…すまない」

鯉登少尉は受け取ったオムライスをしげしげと眺めたあと、渡されたスプーンで端から掬って口へと運んだ。

「…美味い」

「ありがとうございます。今日のは自信作なんです」

「お前が作ったのか」

「はい」

月島軍曹の問いかけになまえが答える。
鯉登少尉はそれを聞くと、せっせとオムライスを食べ始めた。
そうしてあっという間に全てたいらげ、なまえの前にずいと皿を押しやった。

「美味かった」

「ありがとうございます!」

「月島ァ!戻るぞ!」

ガタンと急に立ち上がった鯉登少尉に驚きつつ、月島軍曹も残りをかき込んで立ち上がった。
会計を済ませ、なまえが店の外まで見送りに出てくる。

「今日はありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

「おはんが、すっじゃ」

「えっ」

「いや……必ずまた来る」

しかし、次に鯉登少尉がこの店を訪れた時には、既になまえは店を辞めたあとだった。

鯉登少尉の落胆ぶりは月島軍曹も見ていられなかったほどだ。

その後、思わぬ場所で再会することになるのだが、二人ともまだそうとは知らず、それぞれの道を歩んでいた。


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