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身支度を済ませて部屋を出る前に、一度大きく深呼吸をした。
意識してそうしたのではなく、肺と心が酸素を求めていたから身体が自然にそうしていたのだ。

昨日は混乱の内にあっという間に一日が終わった感じだった。
こうして気持ちが落ち着いてみると、今まで夢を見ていたんじゃないかという気さえしてくる。

しかし、夢ではない証拠に、キッチンには零さんがいて、手慣れた様子で朝食の用意をしていた。

頬肉がねじ切れるほどほっぺを引っ張ってみたが、やはり夢ではない。

部屋から出て、そっとキッチンのほうを窺うと、バッチリ零さんと目が合ってしまった。

「おはよう、なまえ」

「おはようございます」

「早いな。もう少し寝ていても良かったのに」

もう少し寝ていたら零さんが起こしに来てくれたのだろうか。
嬉しいような、気恥ずかしいような、複雑な気分だ。
いや、やっぱり寝起きの姿を見られるのは恥ずかしいから、早く起きて良かった。

「頬が赤くなってる」

零さんの指が私の頬に触れ、するりと撫でられる。
何気ない触れ合いに一々ドキドキしてしまう自分が情けない。

「ちょっと擦っちゃって」

「気をつけないと駄目だよ。女性の顔に痕が残ったりしたら大変だ」

「はい、気をつけます」

「よし。じゃあ、朝食にしよう。そこに座って」

テーブルの上には既に、鰤の照り焼きに、かぼちゃの煮物、ほうれん草入りの玉子焼き、豆腐とワカメのお味噌汁などが並んでいた。

相変わらず料理上手で羨ましい。
昔はよくお兄ちゃんと一緒にご相伴にあずかったものだ。
私も一応、一通り料理は出来るが、零さんほどの腕前はない。

「いただきます」

「いただきます」

零さんと向かいあって座り、手を合わせる。

はふはふ、もぐもぐと男らしくご飯やおかずをかき込んでいく零さんを見て、私も食べ始めた。

あ、このお味噌汁めちゃくちゃ美味しい。
かぼちゃもびっくりするほど甘く煮えていて美味しかった。

「このお味噌汁、あわせ味噌ですよね。凄く美味しいです。零さんは良いお嫁さんになれますね」

「残念ながら嫁に行く予定はないな。近い将来、君をもらうつもりだけど」

「れ、零さんっ…!」

「フッ…恥ずかしがらなくてもいいのに」

どうしよう。
零さんが朝からフルスロットルだ。

「誓ったんだ。君を幸せにすると」

「零さん……」

「君は俺が守ってみせる。必ず」

零さんがあまりにも真剣で、思い詰めた様子だから、返事に困ってしまった。

私は大丈夫です、と言ってあげたほうがいいのだろうか。
それとも、このまま零さんに守られているほうが彼のためになる?

どうするのが正解なのか、わからない。

「私は零さんにも幸せになってほしいです」

お兄ちゃんの分も幸せになってほしいのに、それを口に出すのは躊躇われた。

「それなら、ずっと俺の側にいてくれ」

「零さん……」

「君さえいてくれれば、俺は」

ピーッとケトルが音を立てたので、零さんは口をつぐんで立ち上がった。

「コーヒーでいいかい?」

「はい」

「砂糖二つに、ミルクをたっぷり?」

「はい、お願いします」

「相変わらず、苦いコーヒーは苦手なんだな」

「でも、零さんの淹れるコーヒーは好きです」

「俺のことは?」

「もちろん、大好きです」

「俺もだよ。君が好きだ」

零さんの唇に笑みがのぼるのを見て、ほっとした。

コーヒーを飲む零さんには先ほどまでの影はなく、リラックスしているように見える。

お兄ちゃん

お兄ちゃん

もしも天国から見ているなら、この国を守るために独りぼっちで戦っているこの人をどうしたら救えるのか、どうか教えて下さい。


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