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親しい友人達を次々に亡くしたことで、零さんは、自分は死神にとり憑かれているのだと思い込んでしまったようだ。

元々私にとっては面倒見のよいお兄さんといった感じだったのが、景光お兄ちゃんが亡くなってから零さんは物凄く過保護になった。

「今日からここが君の家だよ」

「零さん…」

「何も心配はいらない。君は俺が守る」

そうじゃないんです、とも言えず、零さんに引き寄せられるままに彼の腕の中におさまる。

今まで居た大学の寮は零さんによって既に引き払われており、私が帰る場所はここしかなくなってしまった。

零さんのセーフハウスの一つだというこのマンションは確かに安全なのだろう。
でも、生活感のない空間は何だか寒々しく感じてしまい、寮での生活が懐かしくなってしまったのも事実だ。

「本格的な荷解きは明日にしよう。今日はとりあえず、すぐ使う身の回りの物だけ出しておけばいい」

「はい」

急な引越しだったから君も疲れただろう、という零さんの言葉に素直に頷く。
本当に突然の出来事だった。
引越し業者の中に公安の人が混ざっていたのは、万が一を考えてのことだったらしい。
知らない男性達に囲まれての引越しに気疲れしてしまっていたから、零さんの提案は有り難かった。

友達に言わせれば、今の私は歳上の男性に囲われている状況らしいけど、そうなると、別に生活の拠点があってここには時々泊まりがけで様子を見に来てくれるという零さんは通い妻ならぬ通い夫ということになってしまう。
友達には絶対秘密にしようと心に決めた。

「今日の食事は俺が作るよ。何か食べたいものはある?」

「そんな、零さんも疲れているのに申し訳ないです」

「俺のことは気にしなくていい。これくらいでバテるようなやわな鍛え方はしていないさ」

「公安に入ってからもトレーニングを欠かさない優等生だってお兄ちゃんが言っていました」

「…そうか」

零さんが瞳を伏せる。

お兄ちゃんの名が出るたびにつらそうな顔をする零さんに、どう言えば元気を取り戻してもらえるのか私はまだわからずにいる。
それだけお兄ちゃんは零さんにとって特別な存在だったということなのだろう。
幼なじみで、警察学校でも同期で、同じ公安になって潜入捜査までしていた相棒だったから。
妹の私でさえ想像もつかないほど強い絆で結ばれていたに違いない。

私を大切にしてくれるのは、そのお兄ちゃんの妹だからだ。
そのことを忘れてはいけない。
間違っても愛されているなんて勘違いしてはいけないのだ。

それなのに。

「なまえ」

優しく私の髪を梳いた零さんが愛おしげな眼差しで私を見つめてくるから、つい勘違いしてしまいそうになる。

「綺麗になったな」

「そんな…」

「昔から可愛かったけど、本当に綺麗になった」

「零さんにそんなことを言われたら本気にしちゃいますよ」

「俺は本気だよ。君はとても綺麗だ」

「も、もう、許して下さい」

「本当のことなのに?」

フッと笑った零さんの美貌が近づいて来たので、思わずぎゅっと目を閉じると、頬と額に優しくキスを落とされた。

「可愛い」

零さんが耳元で囁く。

「このままだと俺の理性がもたないかもしれないな…」

吐息混じりの甘い声があまりにもセクシーで、背筋がゾクゾクした。
腰が砕けてその場に崩れ落ちてしまいそうになる。

「零さんっ」

「はは、ごめん。君には少し刺激が強すぎたみたいだね」

「もう…いじめないで下さい」

零さんは楽しそうに笑っている。
そうだった。
昔からこの人は私をからかって遊ぶのが好きだった。
あの頃と同じ感覚でまた遊ばれたのだと思えば、仕方ないなあとは思うが、腹は立たない。

「そろそろ食事の支度をしようか」

「私も手伝います」

「いや、いいよ。君は先にシャワーを浴びておいで」

「でも…」

「それとも、一緒に入りたい?」

「さ、先に入ってきます!」

慌ただしく着替えを用意してバスルームに向かうと、零さんの笑い声が追いかけて来た。

ちらりと振り返れば、キッチンに入っていく零さんが見えた。
その美しい横顔を目に焼き付けて、はあと溜め息をつく。

零さんの言った通り、私には色々と刺激が強すぎる。

前途多難な生活のはじまりだった。


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