いつかはこんな日が来るのではないかと思っていた。でも、あまりにも突然過ぎる。 見慣れていたはずの、しかし、ここで生活していたのがもう何年も昔のことのように感じられる『元の世界』の自分の部屋で、私はただ呆然と立ち尽くしていた。 「零さん……」 つい今朝まで一緒にいた愛しい人の名前を呟く。 いつものように一緒に眠り、同じ布団で目覚めて、行ってきます、行ってらっしゃいと挨拶を交わしたのに。零さんが帰ってきた時、私はもうお帰りなさいと迎えてあげられない。 「零さん……零さん……」 どうしようもなく涙が溢れ出てきて、両手で顔を覆って嗚咽を漏らした。 零さんには二度と逢えないのだ。 もう二度と。 という夢を見て、泣きながら目が覚めた。 我ながら馬鹿みたいだと、ぐすぐすと鼻をすする。 零さんを送り出した後で良かった。 こんなことで零さんを困らせたくない。 朝の家事を済ませたからといって二度寝なんかするからあんな夢を見たのだ。 涙を拭っていると、スマホの着信音が鳴りだした。 零さんからだ。こんな時間に珍しい。急用だろうか。 「はい、もしもし?」 『何かあった?泣いていただろう』 零さんはエスパーだったのか。 いや、そうじゃない。ただめちゃくちゃ洞察力が鋭い上に、私のスマホには零さんが入れた遠隔操作アプリが入っているからわかったのだ。 「ごめんなさい。何でもないんです。ただちょっと変な夢を見てしまっただけで」 『元の世界に帰ってしまう夢?』 やっぱり零さんはエスパーかもしれない。 『僕も同じことを心配しているからわかるよ』 優しい声に、またじわりと涙が滲んでしまい、慌てる。これ以上零さんを困らせたくない。 『今日はなるべく早く帰るから、それまで我慢してくれ』 「だ、大丈夫です。心配しないで」 『僕が早く君に逢いたいんだ。ダメかな?』 「ダメじゃないです嬉しいです」 『いい子だ。頼むから、僕のいないところで泣かないでくれ。抱き締めて慰めてあげたいのに、それが出来ないのがもどかしくて堪らない』 「う……ごめんなさい」 『帰ったら嫌というくらい甘やかしてあげるから、それまでの辛抱だよ』 「はい、待っています」 『それじゃあ、また後で』 名残惜しそうに零さんが電話を切ったので私も通話を終えた。 果たして、本当に、零さんが帰って来るまで待っていられるだろうか。 今朝のあれは予知夢で、零さんが帰って来た時には私は元の世界に戻ってしまっているのではないだろうか。 悪いほうに考えれば考えるほど気持ちが沈んでいった。 でも、忙しい零さんが私を心配してわざわざ電話をしてきてくれたのだから、いつまでもぐじぐじ悩んでいるわけにはいかない。 今日はご馳走を作って零さんを迎えよう。 お帰りなさいと言って、零さんに抱きついて、一秒でも早く零さんのぬくもりを感じたい。 それは零さんも同じだったらしく、異例の早さで帰宅した零さんに苦しいほど抱き締められたのだった。 |