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零さんが梓さんと二人でホテルの屋上レストランで食事をしてきた。

わかっている。
ポアロの新メニュー開発の参考にするためだということは。
わかっているけれど、許せない。

「今日の昼食は何がいい?」

「いりません」

お腹の底にどろどろとした泥のようなものが溜まっている気がして重苦しい。

「梓さんと食べればいいんじゃないですか?」

「なまえ…」

「私はいまから沖矢さんとホテルに行く約束をしているので、零さんもどうぞ好きにして下さい」

「なんだって?」

零さんの声が不穏な響き帯びたが、いまの私はその程度で怯むことはなかった。
怒りのほうが遥かに上回っていたからだ。

「零さんだって梓さんと二人きりでデートしたんだから、私が沖矢さんと出かけても別に構わないでしょう?」

「あれはデートじゃない」

「梓さんならいいと思ったんですか?私が何とも思わないとでも?」

「それは…ごめん。悪かったと思っている」

「もういいです。じゃあ、私は行きますね」

「待ってくれ、なまえ…!」

零さんの手を振り切って玄関に向かう。
そんなことをしたのは初めてだったせいか、呆然としている零さんに胸が痛んだが、私は玄関から外に出てドアを閉めた。

「それで、この状況なんですね」

「すみません、沖矢さん」

ホテルのレストランは思っていた以上に良い雰囲気のお店だった。
しかし、先ほどからずっと突き刺さってくる視線のせいで、とても食事を楽しむどころではない。

「彼も気の毒に」

苦笑する沖矢さんの背後、少し離れた席に零さんが座っていて、ずっとこちらを見つめ続けているのである。

「これほど彼に愛されているのに、やはり不満に思うこともあるんですね」

「贅沢な悩みだって言いたいんですか」

「そろそろ許してあげたらどうです。怒りもおさまってきたでしょう」

「沖矢さんはどっちの味方なんですか」

「もちろん、気の毒な配達業者さんに同情していますよ」

笑みを浮かべながら沖矢さんがテーブルの上で私の手を取る。
途端に、ガタッと椅子から立ち上がる音が聞こえてきた。

「そこまでにしてもらえませんか」

今にも限界を突破しそうな表情で零さんが割って入ってくる。

「僕の妻から手を離せ」

「ほらね、彼の気持ちを疑う必要などないでしょう」

私から手を離した沖矢さんは、伝票を手にして立ち上がると、そのままレジへと歩いて行ってしまった。

「なまえ」

残された私が気まずい空気にいたたまれなくなって立ち上がると、突然零さんに抱き締められた。

「本当にごめん。僕が悪かった。どうか許してくれ」

「零さん…」

「君を傷つけてしまって本当にすまないと思っている。だから、もうこんな風に僕を試すのはやめてくれ。死にそうなくらい心配だったんだ」

「…もう、わかりました。わかりましたから」

「許してくれるかい?」

「はい、もう怒ってませんよ」

「ありがとう…愛しているよ、なまえ」

「零さん…嬉しいですけど、人前では勘弁して下さい」

周囲のお客さんからの視線が痛い。
零さんが私を離してにっこり微笑むと、辺りから何故か拍手が巻き起こった。

「早く帰りましょう」

「そうだね。僕達の家に帰ろう」

零さんに手を引かれてレストランを出る。

エレベーターに乗り込むと、零さんに壁に押し付けられてキスをされた。

「零さ……んんっ」

「君をあの男に奪われるかと思って気が気じゃなかった」

頬を手で包み込まれて、優しくついばむように何度も、何度も。

「今度僕から逃げようとしたら、閉じ込めてしまうかもしれない」

零さんは悪戯っぽく笑ってはいたが、目が本気だった。

ごめんなさい。もうしません。


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