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「今日はいい夫婦の日だから」

珍しく外食しようと誘われて連れ出されたまでは良かったけれど、それが有名な外資系ホテルの最上階にあるスカイラウンジともなると、心構えが必要になって来る。

「れ、零さん…ここ、ドレスコードとかあるんじゃ…」

「大丈夫、その服装なら問題ない」

なるほど、だから、零さんが以前買ってくれたややフォーマルなよそ行き用のワンピースを着させられたのか。

零さんのスーツ姿が格好いいので、そちらにばかり気をとられていて全く気がつかなかった。

「いつも可愛いけれど、今日はとても綺麗だよ」

エレベーターが到着する寸前に私の頬にキスをした零さんにエスコートされて、レストランの中に足を踏み入れる。

すぐにマネージャーらしき人がやって来て、窓際の一番良さそうな席に案内された。

テーブルの上に置かれていた予約席の札をマネージャーがさりげなく取りのけたところを見るに、零さんは事前に予約しておいたようだ。

椅子を引いて貰い、緊張しながら腰を降ろす。

「どうぞごゆっくり」

零さんが席に座ると、マネージャーは一礼して立ち去った。

「夜景でも見てリラックスして」

零さんにそう言われて、改めて窓の外に目を向ける。
百万ドルの夜景なんて言葉があるけれど、本当に星をちりばめたような美しい夜景が広がっていた。

「綺麗…」

「ああ。この眺めが気に入ったからここにしたんだ」

ウェイターがやって来て、私達の前にシャンパングラスを置き、目の前で封を切ったボトルからシャンパンを注いだ。

「まずは乾杯しよう」

零さんがグラスを手にしたので、私も自分のグラスを持ち上げた。

「何に乾杯します?」

「君を僕のもとに連れて来てくれた何者かに」

シャンパンゴールドの向こう側にいる零さんは、夜景との相乗効果で一段と美しく見える。
穏やかに微笑む零さんの美貌を見つめていると、飲む前から酔ってしまいそうだ。

「最初は信じてくれませんでしたよね」

「ごめん」

「いえ、いいんです。だってもう零さんは私の全部を受け入れてくれたんですから」

「君も僕の全てを受け入れてくれたんだからおあいこだろ」

「ですね。でも、私のほうが先に零さんのこと好きになったから私の勝ちですよ」

「古今東西、先に好きになったほうが負けだと決まっているのを知らないのかい」

「じゃあ、私の負け?」

「いや、君が想うより、僕のほうが君をより深く愛しているからね。僕の負けだ」

「それじゃあ、やっぱり、私達おあいこですよ」

「そうだな」

零さんは少しくすぐったそうに笑った。

料理はアニバーサリープランのコース料理ということで、アミューズに始まり、ホタテ貝のマリネとサーモンのアンサンブル、レンズ豆のポタージュスープと続いた。

「これ、家でも作れないかなあ」

「気に入った?じゃあ、レシピを聞いておこう。僕が作るよ」

零さんは次のオマール海老のポワレを運んで来たウェイターにレシピを尋ねていた。
メモをとることなく、幾つか質問しながらレシピを暗記していく零さんはさすがだ。

零さんが選んだだけあって、料理はどれもとても美味しく満足のいくものだった。

最後にデザートを選べるということで、私はベリームースのパンナコッタを、零さんはティラミスを選んで、それぞれ美味しく頂いた。

「そういえば、零さん車は…」

「今日は帰らない」

零さんがスーツの懐からルームキーを取り出して見せたので、私は頬を染めてうつ向いた。
零さんがこちらをじっと見つめているのはわかっていたが、恥ずかしくて目を合わせられない。

「今日はいい夫婦の日だから」

私の反応を楽しんでいるらしく、零さんの声には笑みが含まれていた。

「夫婦らしく、仲睦まじく過ごそう」

私には、たっぷり、じっくり、時間をかけて君をいじめてあげるよと言っているように聞こえました。零さん。


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