1/1 


こちらの世界に来て一番困ったのは、元いた世界と微妙に違う物の名称を覚えなければいけないということだった。

スカイツリーはベルツリータワー。
東京タワーは東都タワー。
デニーズはダニーズ。
この辺りは映画や原作にも登場しているので問題ない。

困ったのは、日常で使う日用品の名称の違いだった。
まるで間違い探しやよく似た海賊品の如く微妙に名前が違うのだ。

向こうの世界ではおなじみの春のパンまつりで知られるヤマザキはこちらではヤマサキだし、化粧品メーカーとして有名なカネボウはカネホウだったりする。

まあ、今では慣れたもので、殆ど間違えることはない。
これもテレビとインターネットによる学習の成果だ。

「買って来るものは決まったかい?」

タオルで頭を拭きながらバスローブ姿の零さんが尋ねてきたので、私は必要なものをメモした紙をボールペンと一緒に彼に渡した。
お風呂上がりの零さんはセクシー過ぎて目のやり場に困る。
細くとも必要な筋肉がついていて引き締まったこの肉体が、どんな風に私の身体に快楽をもたらすのか、もう知ってしまっているから。

「これでお願いします」

「わかった、任せてくれ」

メモに目線を落とした零さんがボールペンを走らせた。

「何か間違ってましたか?」

「一つだけ。簡単だからすぐ覚えられるよ」

零さんがメモをひらりと私に見せる。
そこには私の字で買って来てもらう予定の品の一覧が書かれていたのだが、ひとつだけメーカー名があやふやなものがあり、向こうの世界での商品名を書いて、その横にハテナマークを書きこんでおいたのだが、やはり間違っていたようだ。
その上に線が引かれていて、零さんの綺麗な字でこちらの世界での商品名が書き加えられている。

「しばらく間違えたりしなかったのに……何だか自信無くしちゃいます」

「元の世界に帰りたくなった?」

零さんは私の手を掴んで引き寄せると、やんわりと、しかし絶対に逃げられないように私の身体を抱き締めた。

「駄目だよ。帰さない」

お風呂上がりだからか、ボディソープの甘い匂いが強く香った。
零さんの髪が首筋を撫でた拍子に、シャンプーの爽やかな香りが鼻孔をくすぐる。

「零さんを置いてどこにも行ったりしません」

「本当に?」

「本当です」

「それを聞いて安心したよ。どうやって君を繋ぎとめればいいか、ずっと考えていたから」

「私はずっと零さんの傍にいます。だから、零さんも私を離さないで下さいね」

「ああ、絶対に離さない。約束する」

あっと声をあげる間もなく抱き上げられて、そのまま寝室に運ばれてしまう。

ベッドに仰向けに寝かされた上から零さんが覆い被さってくる。

「零、さん」

「嫌ならそう言ってくれ。でないと止められそうにない」

「嫌じゃないです。でも、どうして…」

見上げる先で、零さんは、それはそれは美しく微笑んでみせた。

「僕の子を孕んでしまえば、もうどこにも行けなくなるだろう?」


  戻る  
1/1
- ナノ -