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私には、いわゆる前世の記憶がある。

大学を卒業後、社会人一年生として働いていたはずが、ある日気がついたら赤ちゃんになっていたのだ。

最初の内は、これはきっと夢なのだと思っていた。
しかし、一向に目覚めることなく月日が過ぎていく内に、今度は自分は事故か何かに遭って意識不明の重体のままなのかもしれないと考えはじめた。

そして、二度目の小学校入学を目前に控えたとき、これはひょっとしたら生まれ変わりというやつじゃないかと考えるようになったのだった。

そうなると、前世の記憶がある説明もつく。
しかし、生まれ変わったのなら一度死んだことになるはずだけど、私にはその『死』の記憶がない。
勿論ただ覚えていないだけかもしれないし、忘れてしまっただけなのかもしれない。
でも、どうにも前の人生との継ぎ目が曖昧だった。

いっそ『死んだ』ということがはっきりしていたら悩むこともなかったのに。

新しい家族と新しい人生。
両親も親戚も愛情一杯に育ててくれたから、感謝こそすれ不満に思ったことなどない。

でも、いつも不安だった。
本当に自分はここにいていいのか。ここは自分の居場所なのだろうか。
そんな思いがいつも心の奥底にあった。

誰にも理由を言えない孤独感。
人の心の動きに敏感な幼なじみの焦凍くんだけはそれに気付いていて、私が人目につかない場所でこっそり泣いていると、どうしてわかるのか必ず見つけ出しては慰めてくれた。

「何があっても、俺が一生側にいる」

だから泣くな、と。

私はこの小さな男の子に守られている。
彼は、私の心を精一杯守ろうとしてくれている。
そう考えると、甘くてあたたかなもので胸が満たされていくようだった。

その気持ちは高校生となった今でも変わらない。
今も昔も変わらず、彼は私のヒーローだった。

「なまえ、大丈夫か?」

「うん、なんとか」

ヒーロー基礎学の実習を終え、帰り支度をしている私に焦凍くんが声をかけてくれた。
そんなにボロボロに見えたのかな。

前はどうだっただろうと、ふと思った。
成人していたあの頃よりも、今のほうが若いぶん体力もあるし疲れにくい気がする。

そう思うと、なんだか奇妙な感覚だった。
とっくに慣れていたはずの“大人としての毎日”の記憶は薄れていき、それとは逆に、もう二度と同じ感覚を味わうことはないだろうと思っていた十代の青春をもう一度やり直しているなんて。

「…なまえ?」

「あ、ごめん。ちょっと考え事してた。何か話しかけた?」

「いや、見てただけだ」

「えー…見てても面白くないでしょ」

「面白いというより、興味深い」

「えっ」

「お前は時々、まるで遠い昔のことを思い出しているように見えるときがあるから」

一瞬、ドキッとした。
いつもはどちらかというと天然な焦凍くんだけど、こういう鋭いところがある。

「そう、昔のこと思い出してたんだよ」

私は心配をかけないように努めて明るく言った。

「覚えてる?泣いている私に焦凍くんがいつも言ってくれた言葉」

「ああ」

焦凍くんの表情は変わらない。
幼さの残る可愛らしい顔立ちをしているのに、大人びて落ち着いた印象を受けた子供の頃。
あの頃と比べて、ずっと男の子らしく成長した彼の整った顔立ちは、表情の変化がわかりづらい。
けれど、私にはわかる。
彼が懐かしい思い出に僅かに口元を綻ばせたことが。

父親によって厳しく鍛えられ、辛い幼少期を送ってきた彼の中で、私と過ごした日々が優しい思い出になっていることが嬉しい。

そして彼は告げるのだ。
あの時と変わらない、決意を秘めた頼もしい顔つきで。

「何があっても、俺が一生側にいる」

だから泣くな、と。


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